『ヤニス 無一文からNBAの頂点へ』出版記念スペシャル対談:宮地陽子 ✕ 大西玲央 その①「ヤニスに引き継がれるあの名選手のDNA」
ステフィン・カリーがNBAを変えた
玲央 今日は僕が翻訳した『ヤニス 無一文からNBAの頂点へ(※以下、ヤニス本)』の出版記念対談ということで、いくつかヤニスにちなんだトークテーマを用意しました。一つ目のテーマは「ポジションレス」です。ヤニスという選手は、PG、SG、SF、PF、Cというポジションの境目が無くなってきた現代のNBAを象徴する存在だと思っています。宮地さんがNBAの取材を開始された当時は、ビッグマンを真ん中に置いてバチバチやる時代だったと思いますが、35年の宮地さんの取材キャリアの中で「この選手がポジションレスの時代を作る足掛かりになった」という選手はいますか?
宮地 例えばトニー・クーコッチのような大きくて器用な選手は昔からいましたが、ここまでリーグ全体がポジションレスになったのは、カリーの影響だと思います。カリーが出てきたことで、サイズが関係なくなった。スリーポイントをどこからでも決めてくる選手がNBAの価値観を全部変えてしまった。だから、本当にポジションレスが浸透してきたのは最近のことだと思います。
玲央 なるほど。スリーポイント革命が先で、ポジションレスはそのあとということですね。
宮地 スリーポイントが武器になったことで、外に出てきて守れないビッグマンがお荷物になってしまいました。 大きいセンターの重要性がすごく下がって、サイズよりも動ける選手が求められるようになってきたので。(ダーク・)ノビツキーなんかはビッグマンとしてはいろいろできましたけど、本当の意味でポジションレスになったのはその時代じゃないんですよね。
玲央 ストレッチ4の時代を経てのポジションレスという感じですよね。
宮地 そうですね。だから大きくてなんでもできる選手がいるからポジションレスになったのではなく、スリーポイントが浸透して武器になって、それによって引っかき回されるようになったことでサイズの価値観が変わったと思っています。
玲央 しかもカリーは優勝しましたからね。外から打つだけでは優勝できないと言われていたのを覆したのがカリーでした。2015年のゴールデンステートの優勝後から本格的にポジションレス化が進んでいきますが、その中でもヤニスは規格外だと思います。特にスリーポイントが上手いわけでもないのにポジションレスの代表みたいな存在になっている。スリーを打てるようにはなってきていますが、すごく上手いわけではない。フリースローすらいまだにちょっと苦戦していたりします。それでも「ポジションレス代表です」みたいな立ち位置にいるヤニスのことは、どういうふうにご覧になっていますか?
宮地 まずは時代がよかったと思います。彼が入ってきたのが少し前であれば、インサイド中心の選手になっていたはずです。昔と違って、今は大きい選手がいろんな技術を身につける時間を与えてもらえます。その環境に彼の頭脳がマッチして、あれだけの速度で成長していったのだと思います。ヤニスはバスケットボールをすごく勉強していますよね。そのおかげで使われる側から使う側になれたんじゃないでしょうか。
玲央 たしかに。ヤニスの成長スピードはものすごいですよね。毎年何かしら新しい武器を身につけているように思います。
宮地 実を言うと、ルーキーのときはそこまでの選手になると思っていなかったんです。オールスターのライジング・スターズ・チャレンジの練習を取材しに行ったんですが、ヤニスはぽつんと立っていました。
玲央 あはは。
宮地 メディアが誰も周りにいなかったんです。そのときに初めてヤニスと話したんですが、何を聞いたらいいのかわからないぐらい情報が無くて、お決まりの名前の読み方とかそんなことを聞いたのを覚えています。そこからどんどん成長して今のポジションまで来たのは本当にすごいことだと思います。
現代NBAにも大きな影響を与えたマイケル・ジョーダン
玲央 NBAを日本で広めようとしているなかで、「90年代、00年代初頭までは見ていたんだよね」という人がいまだに多いと感じています。そういう人をまたNBAに引き込みたいと思っているんですが、彼らにヤニスを説明するなら、どう説明するのがいいと思いますか?
宮地 なんとなく似ているかなと思うのはピッペンです。ちょっと遅咲きで、ディフェンスから認められて、比較的オールラウンドで……そういう意味では 90年代に見ていた人に説明するなら「ちょっと大きいピッペン」でしょうか。でも、メンタリティー的にはコービーだと思います。
玲央 ああー!
宮地 コービーがキャリアの最後のほうになってからようやく笑顔をあちこちで見せるようになったのに比べると、ヤニスは試合中に真剣な顔をしていても普段は笑顔を見せたりするので、その辺りの柔らかさは違うかもしれないですが、頑固なところや意志の強さ、向上することに対するハンガー(飢え、渇望)なんかはコービーっぽいと思います。
玲央 ヤニス本にもコービーに憧れていたという話がちょこちょこ出てきます。若い頃のヤニスは、悔しさのあまり練習中に泣いてしまったりする。それぐらいコート上だとものすごくストイックです。宮地さんの仰る通り笑っている印象が強いヤニスですか、コート上ではコービーのメンタリティーに影響を受けているんだろうなと感じます。
宮地 コービーのあとに出てきた選手って、コービーに影響を受けている選手が多いですよね。ただ、どれだけ影響を受けていてもコービーのようなメンタリティーを身につけられない選手もいます。おそらくヤニスは元々そういう気質を持っていたんだと思います。あるいは子どもの頃の過酷な環境からのし上がるために必要だったハンガーなのかも知れませんが、メンタル的にはすごくコービーに近いものがあると思います。
玲央 コービーの、スター選手でもストイックにちゃんとやることが大事だという姿勢は、下の世代にかなり影響している雰囲気がありますよね。
宮地 突き詰める姿勢ですよね。あれって彼の上の世代には理解してもらえなかったんですよね。彼が若いときは、ちょっとガツガツしすぎだとまわりからは見られていたんです。しかし、キャリアを積んでいくにつれてコービーに影響を受けた選手がどんどん入ってきて、最終的にリーグ全体から受け入れられたという感じがします。
玲央 90年代のNBAってもっとゆるかったですよね。選手も普通にお酒を飲みに行ったりたばこを吸ったりしてたのが、最近はスポーツ選手としてのプロフェッショナリズムをすごく打ち出しているように感じます。その転換はやはりコービーの影響が大きいのでしょうか?
宮地 コービーもあるでしょうし、ちょっと意外かもしれないですけど、ジョーダンも関係していると思います。おそらくジョーダンにはコービーのようなストイックなイメージはないですよね。シーズン中にゴルフはするし、ギャンブルするし、シガーは吸うし、お酒も飲む。でも、実はシーズン中はすごくストイックだったんです。食事を制限して、体重を測って、毎朝家にパーソナルトレーナーが行ってワークアウトをする。90年代にそいういうことをやっていたのはジョーダンだけだったんですよね。トレーナーのティム・グローバーによれば、シーズン中はお酒もあまり飲んでいなかったらしいです。例えばワイン一杯とかその程度。ジョーダンがそういうふうにやっていたので、下の世代の選手にとってはパーソナルトレーナーをつけるのが当たり前になりました。サラリーがどんどん上がっていったこともあって、パーソナルトレーナーだけでなくパーソナルな栄養士やシェフをつけたりいろんなことをするようになって、どんどんどんどんストイックになっていったという印象です。
玲央 パーソナルトレーナーの名前をファンが知るということ自体が、ジョーダンのティム・グローバーが初めてでしたもんね。なるほど、そのジョーダンからの流れの中にヤニスがいるわけですね。
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