なぜ「苔」なの?きっかけはマハラジャ祇園!
↑ 前回の記事です。
あなたは、マハラジャ祇園をご存知ですか?
そう!バブル時代に繁栄を極めた「デスコ」、いや(;^_^A
【ディスコ】ですね。
ワンレンボディコンの綺麗なお姉さま達が、派手な扇子を
振り回しながら踊り狂っていた場所です。これこれ↡
*今では、大人が楽しめる社交場です。
ちなみにお隣には【よしもと祇園花月】がありますよ。
私、「苔らぁ~さと」の実家からは歩いて7分で行けるマハラジャ祇園で、
2019年4月に日吉ヶ丘高校の同窓会が開かれたのでした。
10年に1回開催され、なんせ同窓生は50歳ですから、、、
なんとなく顔はわかるが、「お前、、、名前なんやったっけ?」の
連続です。
それでも100名以上の同窓生が、青春時代に遊んでいた祇園で終結し
本当に懐かしく楽しい大同窓会でした。
経営者になったん?
後々、このnoteにも登場するであろう(今は敢えて名前は伏せておきますが、)この同窓会の幹事の一人、サッカー部で男前のK君が
K「お~久しぶりやんか!?今、なにしてるんや?」と
声をかけてくれました。
その時私は、広告会社をやっていて
「個人自営業とか会社の広告扱う会社を経営してねん」と
偉そうに、、、経営者アピールをしてしまいました(大汗)
K「え~~!!経営者になったん?すごいやん!がんばってるやんけ!
・・・・で実家の商売、清水は、どうなん?」
当時、K君は着物や浴衣、和の商品を扱う会社のマネージャーを
していて、前から実家も和物を扱っていたので気にしてくれたのです。
その頃は、ほとんど実家に帰る事もない状態で・・・
親が細々とやっている商売といっても、近所の八坂庚申堂のくくり猿を
オマージュした手作り品を販売しているくらいでした。
K「そっか、、、清水寺、八坂の塔もあるし人通りも多いし最高にイイ場所なんやけど、、、、、また、なんか協力できる事が、あったら言ってきて」
と、K君は提案してくれました。
実は、この時に個人的に「苔」にハマっており、器は「信楽焼き」で
ミニ盆栽を作って、実家に売ってもらえるように、少しでも稼ぎに協力できるように数点おいてもらっていたのでした。
(地元の清水焼の器を使いたかったが、、、高かった(;^_^A)
しかし、まったく苔や盆栽の知識のない親に任せっきりにしたので・・
わかりきっていた事ですが・・・・・早々に枯れてしまったのでした。
こうして私の「苔ビジネス」の初手は、失敗に終わりましたが
心の中で実家を「なんとかせねば・・・」の思いは残っていて
再度、苔や盆栽で勝負するか?!それとも・・・・
と、思い悩んでいるときにK君からの提案があったタイミングだったのです。
そして、ここから3年後の今年に奇跡的な出来事が重なり再び
「苔ビジネス」に関わることになるのですが・・・・・
この物語は、いずれまた。。。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?