山口さんの、プロンプ。 (コロナ禍の稽古風景)第9話
劇場の最上階にある
屋根裏の稽古場に来た。
窓を開けると
桜の枝々に公園を見下ろす
中野から遠くかすむ街が並び
家々の屋根が西日に眩しい
花は、まだ咲かぬ
(この裏は公園だったのか、知らなかった)
【前回の話し】
二月下旬の小春日和。
稽古場を目白の風姿花伝という地下スタジオから
僕たちは公演を行う中野に拠点を移した。
夕方メインだった稽古が、昼から開始になった。
もう緊急事態宣言で苦労していた稽古場ジプシーも終わりだ。
【その時は、こんなだった】
ついに僕たちが公演をする中野という「シバイハ戦ウ」の戦場にたどり着いた。
さながら劇場を睨む駐屯地といったところだ。
休憩中にカーテンが揺れて
夕日向の風が入ってくる
階下にはステージがあり
他の団体が本番を演っている最中だ、
うっすらと音楽が聞こえる。
この稽古場に入る階段がちょうど劇場入り口で受付の人に「本番中なので、静かに入ってください」と言われた。
「あれタキさん?」階段と登ると受付の人に声をかけられた
「久しぶり?ここ出演(で)てんの」チラシを見ると彼の名はなかった。
5年前に共演した事のある彼は少女達の小品公演の手伝いをしていた。
役者の時より雰囲気の灰汁が取れて、とても印象が変わっていた。
スッキリしたやさしい顔つきだ。サポート好きな彼のことだ、何か生き甲斐を見つけたのだろう。僕もチラシを渡した。
「来月、駅向こうの小屋で芝居をするんだ」
ここには三つの小劇場がある。この建物の中ホールのMOMOと2階の小スペースのbonbon、その上が今使っている稽古場。 隣向かいのザ・ポケットでは日暮玩具くんの劇団 tumazuki no ishiの寺十吾さんが来週から本番というチラシがボードに貼ってあった。
この稽古期間と入れ違いなので直接会うことはできないが。
それにしても役者は劇場という繋がりで人に出会う。
「演」が「縁」を呼ぶのかもしれない。
そう「シバイハ戦ウ」のメンバーもそうした仲間だ。
さながら屋根裏、ここは劇場の隠し部屋か
まるでガストン・ルルーのオペラ座の怪人の棲み家を思い出す。
ついにここ迄まで来た。この見晴らしから天守閣かとも思う。おっと待て待て、僕たちは天下覇道も勝利凱旋もしてない。
コロナ換気の窓を閉め、稽古を再開した。
僕は、2場に苦戦していた。
動きの多いシーンで両袖を行き来して裏をまわり舞台の右と左から出たり入ったりするのだ。台本には「上手(かみて)を観る、下手(しもて)にはける」と上手下手上手のオンパレード。ちなみに上手とは客席から見て右側の事で下手はその逆、しかも演者側になると右左を逆に呼ぶという、いわく付きの舞台用語だ。
台本を読んでいると、どっちがどっちだかワカラナくなってくる、しかも繰り返しの多い言葉が多いので、台詞が覚束(おぼつか)ない僕は今どこをやっているのかもわからなくなるという状態だ。
さらに後半は怒涛の長台詞(ながぜり)で掛け合いが待っている。
なので稽古場に来てスタンバイしている山口雅義さんの3場までシーンになかなか辿りつかない。ちなみにその前日はここまでの稽古に全部を使っていた。
おまけに僕といえば台詞覚えが苦手だ。
しかも今日は演出助手の松岡さんがいないから台詞の補助ができない環境だ。
稽古場にいるのは5人。舞台の僕ら3人、客席側には演出をしている吉田テツタさんとスタンバイ中の山口さんだ。
と、ふたたび言い澱(よど)む台詞に突然、
明確で大きな声、ハッキリとした声量が稽古場に響いた。
「ちゃんちゃんてね。でもね、」「現実のナマの僕らが現在の、」
ベテラン俳優の山口さんが僕にセリフを飛ばしてプロンプをくれたのだ。
恥ずかしさと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
プロンプとは
出演している役者のセリフの補助をする事である。
よく僕ら稽古の現場では演助か若手役者がやることが多い。
昔、若手の研究生などがプロンプをやると
「声が聞こえない」「それじゃわからない」などと演出や先輩俳優などに怒鳴られたりした。それだけ舞台の勉強になることでもあった。
専門のプロンプターがいた大昔の劇場舞台では本番中にも袖にスタンバイして売れっ子俳優にセリフを教えていたという。
セリフの出ないことは出演中の役者にとって苦しいことは云うまでもない。
コロナルールでマスクをしながら走り回り大声を出した酸欠で朦朧とした覚えかけのセリフも辿々しい。
まるで真っ暗闇な洞窟を無闇に走りまわる準備の足らない申し訳なさと、
台詞至らぬ恥ずかしさと情けなさにツマヅキ歩む僕を導く、しるべのように
明快なプロンプ台詞が一筋の閃光のように届き響いた。
しかも山口さんは、しばらく稽古を続けると台本を見ながら
「タッキー、言葉がわからないのと、セリフの続き、どっちを言うのがいい?」
これも、凄い質問だ。出演している役者にとって何が問題なのかを意識して言ってくれているのだ。
セリフを絶対覚えて言う。心からそう思う。
山口雅義さんは「役者モテ」な人だ。
「お金持ち」というのはお金を持っている人、所有しているお金が多いことを言うが「お金モテ」って言うと、お金にモテている人。僕は「お金持ち」より「お金モテ」になりたいと、いや脱線じゃなく山口さんはそんな「役者モテ」だ。
彼は年中、舞台に出演している印象がある。
一月からの緊急事態宣言が出ていなければ中止にならなかった、ついこないだの2月初旬まで公演をやってから、この現場に合流する予定だった。
なんせ芝居が上手で場を動かせ、間が活き、なんとも言えない安定感と期待感が在る。稽古場でも着実でストイックだ、余計なことも喋らない。
そりゃぁ一緒に現場で創っていきたい役者さんだ。そして作品が良くなる。
いや
確実な技術だけではない、この現場で自分が何をできるのか、それをわきまえるだけでなく、ちゃんとそこで出し惜しみしないから「役者モテ」なのだ。
そんな山口さんからのプロンプは、申し訳ない以上に有難く、頭が上がらない。
共演者でありながら、また「ファン度」が上がる。
いや僕は、それどころではない。
とにかくシーンを上げなければいけない。
ようやっと2場のラストまでいき、ジョンソン(山口さん役)が扉を大きく叩き入ってくる3場の登場に行き着いたところで、食事休憩となった。
お腹が、空いた。
他のメンバーみんなは、外へ食べに行ったり、
買って食べているようだ。
僕は夕食のお弁当を持ってきた。
それというのも昼から演っている「シバイハ戦ウ」の稽古は、僕の役が出突っ張りと言うのもあるのだろうけど、後半に入る前はおにぎり一つとサラダや惣菜なんかで軽くすましているのも、お腹がいっぱいだと頭がぼーっとしてしまうからだったが
今回は、稽古後半になるとガス欠になってしまい体力もそうだが集中力も低く、うまくパワーが回わせなく、22時までの稽古を乗り越えるためシッカリしたお弁当を食べることにした。
しかも、ナントこの屋根裏の稽古場には冷蔵庫と電子レンジがあるじゃないか!
(今までの稽古場には無かったし、使わない手はない!)
なにしろ、あったかいご飯が食べられる。
弁当もおかずの献立を考えるのが面倒なので鳥ももを醤油とニンニク生姜で漬けて焼いたのをご飯に乗せ蒸したブロッコリーを焼いたモノを添えて他に野菜スープを持っていった。冷蔵庫から出して電子レンジでチンすると、湯気に食欲そそる焼き鳥丼をガッツリ食べ、喉ごし朗(ほが)らかにトマトのスープで身体を温める。
さあ、後半。
屋根裏からの準備万端
ラストの修羅を乗り越えよう。
そして
ここを間借りして、昼夜6日のち。
3月初め、いよいよ来週から本番までは劇場あくとれに小屋入りだ。
都がロックダウンの要請さえしなければ、
これから本番まで
確実に稽古場に困らない。
東京オリンピックを控え、そんなロックダウンはありえない。
選択しないはずだ。本番のためにもそんなことはしないでくれ。
シバイハ戦ウ。
【シバイハ戦ウまとめ】
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【公演終了しました。ありがとうございました!TAKI 】
テッピンvol.4
「 シバイハ戦ウ 」
2021/03/12(金)~03/14(日)
@中野あくとれ
作+演出=吉田テツタ
キャスト(五十音順)
池田ヒトシ
瀧下涼
日暮玩具
山口雅義