平坂のカフェ 第4部 冬は雪(18)
それから2ヶ月後・・・個展の1ヶ月前に私と友人は個展の会場となるショッピングモールの6階のフロアに来ていた。
場所は聞いてきたけど実際に足を踏み入れるのは初めてだ。初めてだが・・・。
「ちょっと広すぎない?」
てっきり駅近くの小さなコンビニの広さだと思っていた私はその倍はあろうかというスペースに恐れ慄いていた。
自分の作品は20は軽く超えるのに足りないと言われた時、何か変だなと思ったのだが、Tシャツの絵柄として新しいのが欲しいからだくらいにしか思ってなかったので、まさか物理的な問題とは思ってなかった。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
「んー聞いてるよ」
しかし、彼女はこちらを見ず、壁にかけられた四つの絵をじっと見ていた。
「excellent」
彼女は、感嘆の言葉と共に拍手する。
壁に掛けられた絵はこの2ヶ月で私が仕上げた新作だ。
桜に似た花を生やしたアーモンドの木。
白がかったピンクの小さな花の下に緑色の若いアーモンドの実を生やしたその木から感じられるのは思春期のような熟れる前のはち切れん若々しさが溢れ出ている。
もう一つはレモンの木。
濃い緑色の葉と艶めかしく、眩しい黄色のレモンの果実からは暑い日差しをいっぱいに浴びて育った眩しいまでの美しさが際立っていた。
もう一つはオリーブの木。
重力に逆らうように無数の葉を天へと吊り上げる様は天に祈りを捧げる修道女のような気品がある。至る所に付けた黒に近い色のオリーブの実はこれから大地に降りてきて強かに成長する新たな命のような輝きを彷彿とされる。
「この2ヶ月でよくもここまで・・・」
彼女は、顔が触れるくらいの距離まで近づき、絵を端から端へ、カンニングを探る教師のようにじっと見ていく。
「自分で言っておいてなんだが4枚の絵なんて流石に無理だと思っていたよ」
私は、表情にこそ出さないが内心では「ええー」と情けない声を漏らしていた。
「この3枚は間違いなく売れるよ。2枚しかTシャツにならないのが惜しいくらいだ」
「そりゃどうも」
私は、若干拗ね気味に言う。
「ただ・・・」
彼女は、視線を別に向ける。
そこにあるのは4枚目の絵だ。
「これは・・・ちょっと難しいね」
それは花も葉もつけてない幹だけど桜の木だった。
澄み渡るような水色の空の下に力強く根を生やす大きな桜の木・・・。
「悪くないんだけどあの3枚と比べるとどうしても見劣りするね」
「・・・そうだよね」
私の発した言葉に彼女は驚く。
「なに?自分でもそう思ってたの?」
そう言ってから彼女は、しまったと思ったのか、口に手を当てる。
「やっぱり焦らせちゃってた?」
私は、首を横に振る。
「そうじゃないの。確かに最後に描いた作品なんだけどさ・・・」
どうしても思うように描けなかった。
頭の中にはあの時見た美しい桜の木の絵が浮かんでいる。
しかし、どうしてもそれを形にすることが出来ない。生み出したいのに私の指先から、筆先から出てきてくれない。
何度も何度も書き直して・・・結局これしか出来なかったのだ。
「ごめん。納期を守れなかった」
私は、深く頭を下げる。
「違う絵を描くからこの絵は下げて」
中途半端な作品を展示する訳にはいかない。
しかし、彼女は、首を横に振った。
「そんなことないよ。いい絵だよ。確かにTシャツにするとなると華はないけど十分に魅力的だよ」
彼女は、勇気づけるように私の肩を叩こうとするが、私はまた避けてしまう。
今度は、タイミングを外したとは思わなかったのだろう、空を叩いた自分の手のひらを見る。
「ごめん、触られるのが苦手なんだ」
私が言うと彼女は合点の言った顔をして「こっちこそごめん」と謝ってくる。
「まあ、とりあえずこれで準備は万端だね。あとは週末の内覧会を終えたらいよいよスタートだ」
「えっ?」
内覧会・・・?
「あれ?言ってなかったっけ?」
彼女は、あちゃあと髪を掻く。
彼女は曰わく、来週にアパレル会社やスポンサー達を交えての食事会を兼ねた内覧会を行うのだそうだ。そして当然、私も出席しないといけない。
私の表情は自分でも分かるくらい青ざめている。
「他の絵は前日に取りに行くからよろしくね。データじゃなくて原画だよ。ご両親とか友達も呼んでいいからね。私も呼ぶし」
私の心情など知らぬ存ぜぬで彼女は業務連絡のように告げてくる。
曲がりなりにも社長だとらいうのにこんな杜撰なスケジュール管理で良いのか?いや、そう言ったことに囚われないからこその社長なのだろうか?
「ところでカナってさ」
「なに?」
私は、少し苛立った声で返す。
しかし、彼女は気にしない。
「イタリア好きなの?」
「へっ?」
意味が分からず思わず間の抜けた声を上げる。
「だってアーモンドもレモンもオリーブもイタリアじゃない」
私は、口を丸く開ける。
言われるまで気づきもしなかった。
今回の個展の話しをもらってからずっと彼のことを思い出していたから自然と発想がそちらに言ってしまったのだろうか?
そして桜も・・・。
私は、頬が熱くなり、両手で押さえる。
それに気づいた友人がニヤっと笑う。
「そういえば内覧会の時に料理を振る舞ってくれるシェフってさ。イタリアで修行して帰ってきたばかりの人なんだけど凄い腕が立つって評判なの。しかも私達と同世代だよ。凄いよね」
しかし、私は聞いてない。
頭と心の中で様々な感情が混ざり合ってそれどころではなかった。
友人は、小さく呟く。
「楽しみにしててね」
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