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Cheeeeees!〜栗狩と柿泥棒〜(7)

 朝日が森を照らす。
 目に映らない無数の鳥たちが美しい声で歌い、彼女と子狸を労わる。
 2人は、地面の上に寝そべりたいのを我慢して座りながら猿たちが夜明け前に収獲したザルの上お月見団子のように積み上がった銀河柿を見ていた。
「先生大丈夫?」
 子狸が心配そうに彼女を見上げる。
 彼女は、引き攣るような固い笑みを浮かべて「大丈夫です」と言う。
 それだけで大丈夫でないことが分かる。
「あれだけの魔力を身体に通したのは初めてでしたから筋肉痛がひどいだけです。それ以外は特に問題ありません」
 そう言って子狸の頭を撫でる。
「凄い魔力ですね。驚きました」
 褒められていることに気づき子狸は恥ずかしそうに笑う。
 そんな話しをしていると猿が一匹、こちらに近づいてくる。
「魔女様、この度はありがとうございました」
 猿は、2人の前に来るや正座して地面に叩きつけるくらいに深々と頭を下げる。
「離れたところからではございますがその勇猛果敢な戦いぶり、拝見させて頂きました」
 その声から最初に自分達に挨拶に来た猿だと分かる。
「まさに書物にある魔女様の戦いそのもので我ら感服致しました」
 猿の穢れなき賞賛に彼女は、少し恥ずかしそうに頬を掻く。
 子狸は、誇らしげに胸を張る。
「こちらお約束の銀河柿でございます」
 そう言って猿が差し出したのはザルの上に積み上げられた銀河柿よりもふっくらと膨らみ、サファイヤと黒真珠が混じり合い、金を振りかけたような美しい銀河柿だった。
「今年、収獲出来たものの中で2番目に大きく立派な銀河柿でございます。どうぞお納めください」
 そう言って彼女の前に銀河柿を置く。
 子狸は、眉を顰める。
「1番じゃないの?」
 あれだけ頑張ったのに・・・と鼻の頭に皺を寄せる。
 猿は、困ったように頭を掻き、赤い顔をさらに赤らめる。
「申し訳ありません。それは・・・」
 その時、草を掻きむしるような音が森の奥から聞こえた。
 音のする方に目を向けると赤い絨毯がこちらに向かって直進してきていた。
 異様な光景に子狸は思わず彼女の後ろに隠れる。
 しかし、よくよく目を凝らすとそれは絨毯でなく無数の蟹であった。
 銀河柿の木の近くにまで近づくと蟹たちは歩みを止め、扇型に陣形を広げる。
 それに向かい合うように猿たちも蟹の群れの前に立つ。
「あれって・・」
 子狸が手を器用に動かして指を立てて蟹の群れを差す。
「彼らが私たちの友人です」
 猿は、小さく呟くとすっと立ち上がる。

 昔、酷いことをした友人・・・。

「ひょっとしてあの話しって・・・」
「実話だったようですね」
 彼女も珍しく驚いた表情をしている。
「ひょっとしたらあの栗も物語に出ていたのかもしれませんね。今度、授業で話してみましょうか」
「誰も信じないよ先生」
 森の奥から地鳴りのような音が聞こえる。
 木々を掻き分け、鳥たちを追い払い現れたのは森の巨木たちを裕に超える銀色の毛で全身を覆われた巨大な毛蟹であった。
 猿が自分の群れに戻り先頭に立つ。
 そして彼女と子狸には決して向けなかった強き眼光で巨大毛蟹を睨む。
「今年も良くも恥も知らずに現れたな蟹共よ」
 耳を疑なくなるような敵意に満ちた声に彼女も子狸も驚く。

 あれっ友好関係なんじゃなかったの⁉︎

 子狸が思わず胸中で突っ込む。
 後ろで控える猿たちは、何も言わずに黙っている。
「ふんっクソ猿が」
 声を発したのは巨大毛蟹だ。
 見かけからは想像もできない艶のある女性の声だ。
「先祖が犯した罪を忘れ憎まれ口を叩くとは相も変わらず下賤な生き物よ」
 一触即発してもおかしくない、そんな痺れるような空気が流れる。
 子狸は、生唾を飲み込む。
 猿が手を上げると後ろに控える猿たちがザルに乗った銀河柿を持って前に出て蟹たちの前に置く。
「今年の銀河柿は、そこにいる魔女様たちのお陰で特に良い出来だ。お前たちに食わすのが実に勿体無い」
「ふんっ」
 巨大毛蟹が手を鋏を上げる。
 後ろに控えた蟹達が海藻に包まれた巨大な荷物を担いで来る。
 そして猿の前にゆっくりと置く。
 猿は、海藻の荷に目をやるとその封を解く。
 現れたのは銀色に輝く新鮮な魚介類。
「こんな汚らしい山に住む貴様らには口にすることも出来ない幸だ。心して食うが良い」
 高飛車に巨大毛蟹は言う。
「ふんっ」
「ふんっ」
 猿と巨大毛蟹は、睨み合う。
 冷たい沈黙が流れる。
 このまま争いが勃発するのでは・・・と子狸が震える。
「毎年ありがとう」
 猿は、ぼそりと呟く。
「こっちこそ育てるの大変なのにごめんね」
 巨大毛蟹も恥ずかしそうに言う。
「海は冷たいからそれ食べて体調気をつけて」
「ついさっき獲ってきたばかりだから大丈夫と思うけど食べる時は火を通して。出汁取っても美味いはず」

 子狸は、思わず地面に転ける。
 彼女も切長の目を点にする。
「それじゃあ、また来年。元気でね」
 そう言うと巨大毛蟹と蟹の達は森の方に戻っていく。
 猿達も大きく手を振る。
 中には泣いている猿もいる。
「ちょっと待ってくれ」
 猿が呼びかけると巨大毛蟹が歩みを止める。
「何かしら?」
 猿は、巨大毛蟹に向かって何かを投げる。
 巨大毛蟹は、大きな鋏を開いて器用に受け止める。
 それは蟹達に渡したものよりも、彼女に渡した物よりもひときわ大きく、美しい色合いの銀河柿だった。
 離れた場所からでも表面を彩る星の煌めきで目が眩む。
「今年の柿で一番良い出来のものだ。お前ももう年だ。それを食って精を付けろ」
 猿は、恥ずかしげにそっぽ向く。
 巨大毛蟹は、鋏に挟んだ柿を飛び出た目で凝視する。
 表情のない顔に笑みが浮かんでるように見えたのは錯覚だろうか?
「また来年」
 巨大毛蟹は嬉しそうな声で言う。
「また来年」
 猿は、恥ずかしそうに歯に噛んで手を振る。
 そして蟹達は去っていった。
 その様子を彼女と子狸は、じっと眺めていた。
「ツンデレだなあ」
 子狸が呟く。
 彼女は、怪訝な表情を浮かべて子狸を見る。
「ツンデレ?」
「本当は話したいし、仲良くしたいのに癖に照れちゃってわざと不貞腐れて見せてるんだよ」
「わざと?」
「きっと過去の因縁とかあって後ろめたいんじゃないかな?気にしなくてもいいのにね」
 子狸は、面白げに言って笑う。
 彼女は、両腕組み、形の良い顎をさする。

 ツンデレ・・ツンデレ・・ツンデレ・・・。

 彼女は、うーんっと唸る。
 彼女の様子を見て子狸は、頬を膨らませて笑いを堪える。
 ようやく彼女の中であの感情への理解が繋がるかもしれない。
 ひょっとしたら魔女のおばさんもこうなることが分かった上で彼女に依頼したのかも・・。
 その瞬間、彼女の脳裏で一つのことが繋がった。
「ひょっとして・・・」
「どうしたの?」
 子狸は、わざと小首を傾げる。
 彼女の発する言葉を期待しながら。
「あの子は・・・」
「あの子?」
「ほら、縄跳び失敗しちゃった生徒のことです」
「ああっそれがどうしたの?」
 子狸は、ワクワクしながら彼女の次の言葉を待った。
 しかし、次の瞬間にその期待はひっくり返される。
 彼女は、全ての胸の支えが取れたような晴れ晴れとした表情をしていた。
「きっと彼もツンデレだったのですね!本当は私に教わりたかったけど恥ずかしくて言えなかったんです」
 子狸は、かぱーんっと顎を落とす。
「そうか、そうだったのですね!」
 あまりの衝撃に顎が閉まらなくなっている子狸の横で彼女は1人うんうんと納得している。
「よし、明日彼に言ってあげます。照れなくていいんだよ、出来ないのは恥ずかしくないよって。そして一緒に練習します」
 彼女は、ガッツポーズをするとゆっくりと立ち上がる。
「さあ、戻りましょう。もうお腹ペコペコです」
 そう言って彼女は、空に顔を出した朝日のように晴れ晴れとした笑顔で歩いていく。
 そんな彼女の背中を見て子狸は嘆息する。
 今の季節と同じで彼女に春を知るのはまだまだ先だろう、と。

                 了

#短編小説
#ツンデレ
#魔女

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