ドレミファ・トランプ 第七話 貴方がいたから(1)
部活の新規申請は拍子抜けするほどあっさりと認可が下りた。なんなら動画配信の未成年の個人情報規約の方が面倒臭いくらいだ。
それよりも教師陣が驚いたのは四葉と明璃という組み合わせだった。
赤札小出身の学校始まって以来の才媛。
黒札小出身の抜き打ち中間テスト総合歴代一位の才女。
水と油。
墨と雪。
竜と虎。
混ぜれば危険程度ではすまない中学校最大の危険物質二人が同じ部活……しかも新規立ち上げなんて波乱の予感どころの騒ぎではなく、職員室を出る時には校長までが出てきて戦々恐々と見送っていた。
部室は三階奥の空き教室を当てがわれた。
近年の少子化に伴い幾つか出来た空き教室の一つだがこの教室は特に日当たりが悪いので人気がなく、目立つ二人の部室としては最適だった。
部活申請した翌日、黒札小、赤札小双方出身の生徒たちから送られる奇異と疑惑そして怒りの目になど気にも止めず、明璃はルンルン気分でスキップしながら恥ずかしがる四葉と腕を組んで部室へと向かう。
そうしてなんとか部室に辿り着き、明璃が元気に扉を開けると、四葉は驚きのあまりに眼鏡を落としそうになる。
申請が終わってから覗いた空き教室は埃が生き物のように舞い、床は足跡が付くくらいベッタリと汚れ、使ってない机や椅子が巨人に踏み荒らされたように乱雑していた。
その為、今日は部室の掃除からだな、と重い気持ちで朝からいた。
しかし、乱雑になっていた机と椅子は部室の隅に丁寧に並べられ、床は研いだように反射し、簡素なドレッサーが通路側に三つ置かれている。空気はこれでもかと清浄……というか家庭用の空気清浄機が黒板の下で静かに稼働している。
そして何よりも驚いたのは教室の真ん中に置かれた三種の神器だ。
年代物と分かる真紅のストラトキャスター。
ピースサインのような個性的な形のフライング・ブイ。
そしてスネア、バス、タム、そしてシンバルを構えたクリア素材のドラムセット。
まるで小人の靴屋の物語のような想定もしない変貌ぶりに四葉は言葉を失う。
その横で明璃が嬉しそうに笑っている。
「よおし。理想通り!良々!良々!」
四葉は、目を丸くして明璃を見る。
「これ……明璃さんが⁉︎」
「そうよ」
明璃は、あっさりと頷く。
「昨日、部室見て、こりゃダメだ!と思ってハウスクリーニングをお願いしたの」
「は、う、す、く、り、ー、に、ん、ぐ?」
四葉は、異国の言葉を聞いたように辿々しく言葉を繰り返す。
「いえーす!」
明璃は、何故かにこっと笑って頬の前でブイサインする。
「パパの友達の会社でね。社長さんがとても良い人でお安くしてくれたの」
「しゃっ、ちょ、うさん?お、や、す、く?」
「備品運ぶのもサービスで手伝ってくれてね。ドレッサーはPOOK OFFで買った中古だけど空気清浄機は最新式なの。四葉の喉を大事にしないとね」
なんでだろう?
空気がとても痛い。
「でも、一番はなんと言ってもこの楽器たちよ!」
明璃は、鼻高々にスターを崇めるように両手を伸ばして指をヒラヒラさせる。
「Me-tubeで調べに調べた伝説クラスのヴィジュアル系バンドのイケオジ達が使ってた人気モデル!当然、本人達が使用してたものじゃないけどスペックはほとんど……」
「ち……ちょっと待ったぁぁぁ!」
四葉が顔を真っ赤にして猫のように叫ぶ。
明璃は、初めて聞いた四葉の大声にきょとんっとする。
「あ……明璃さん……!」
四葉は、眼鏡の奥の目をきっと細める。
「な……なに?」
明璃は、珍しく気圧されする。
「これ……どうやって買ったの?」
「ネット通販で……」
「そうじゃなくて……!」
四葉は、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「お金!お金どうしたの⁉︎」
「えっ?」
「部活申請したばっかだから部費貰ってないよね?いや、貰ってたとしてもこんなの買えないよね⁉︎どうしたの⁉︎まさか……」
四葉は、湯気が出るほど顔を真っ赤に染めて胸元を両手でばっと隠す。
「駄目よ明璃さん!自分を大切にして!」
「何馬鹿いってんのよ……」
明璃は、ジト目で四葉を見る。
「前から思ってたけど四葉って結構むっつりだよね?」
「むっつ……」
「薄い本とかベッドの下に隠してそう」
「うぐ……っ」
「隠してんのかい」
明璃は、ジト目を深める。
四葉は、ライフが尽きたようによろける。
「いや……あ……あの私はただ明璃さんのような美少女だったらお腹の出た髪の薄いおじさん達がこぞってお金を払って……あの……その……」
それ以上は恥ずかしすぎて言葉に出来ず、四葉は顔をマグマのように真っ赤にして目と口を閉じてしまう。
「パパ活なんてしてないからね。あとおじさんがみんなお腹が出て髪が薄くてエロい訳じゃないから」
「でも、文献だと……」
「薄い本は文献じゃなくてエロ本だから」
これだから秀才は……と明璃は肩を竦める。
「とにかく私はパパ活なんてしてないし、ガチ処女だから。パパ以外のものも見たことないから」
とんでもなく恥ずかしいことをとんでもなく堂々と言う。
「四葉は?見たことあるの?」
「いや……私は……その……」
四葉は、目を右に反らす。
「あるの⁉︎」
明璃は、青い目を大きく目を開いて前のめりになる。
「いつ⁉︎誰の⁉︎」
「お……義弟の……お風呂入ってる時にたまたま……」
「子供の頃……?」
「み……三日前……」
「ガッツリ?」
「ガ……ガッツリ……」
四葉は、我慢出来ずに両手で顔を覆う。
「マジか……ガチむっつりじゃん」
明璃は、頬を引き攣らせて後ずさる。
「薄い本の世界って……現実なんだ」
「そ……そんなことより……!」
耐えられなくなった四葉は思わず声を上げる。
「これのお金……どうしたの⁉︎」
「ポケットマネーよ」
明璃は、両手を組んで胸を張る。
「ポ……ポケット……?」
四葉は、辿々しく口に出す。
「お……お小遣いってこと?それともお年玉?」
「私をどっかの社長令嬢かなんかと思ってる?あいにくパパはただの外交官だから」
いや、外交官も十分に凄いと思うけど……。
「これはこの前のコンクールの賞金で買ったのよ」
「賞金⁉︎」
「さすが歴史ある大会よね。結構いいマネーが貰えたの。だから半分は貯金して半分は部の先行投資に使ったわ」
「半分って……」
一体……幾ら貰ったんだろう?
「私は貴方を利用させてもらってるのよ。このくらい当然よ」
明璃は、にこっと可愛らしく笑い、四葉の頬を人差し指でつんっとつつく。
四葉の頬がぽおっと赤くなる。
「頑張ろうね。四葉」
「う……うんっ」
四葉は、子どものように小さく頷く。
「それじゃとりま、三人で今後の作戦会議をしよっか」
四葉は、明璃の言葉に頷きかけて、眉根を寄せる。
「三人?」
部員は自分と明璃の二人だけのはずだが?
「そこそこ」
明璃は、四葉の後ろを指差す。
「へ?」
四葉は、指に押されるように振り返るとそこにいたのは短い黒髪に背の高い凛々しい顔つきの少年……夜空だった。