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看取り人 エピソード5 失恋(6)

「先輩」
 放課後、校門を出ようとした先輩の背中に抑揚のない声が投げつけられる。
 先輩は、ビクッと肩を震わせて、恐る恐る振り返ると三白眼の少年……看取り人がこちらを見ていた。
 彼の顔を見た瞬間、先輩は胸が締め付けられた。
 彼と最後に顔を合わせて話したのはいつだったろうか?商業施設での出来事が衝撃的過ぎてそれより前のことなんてすっかり忘れてしまったが、そんなに時間は経っていない。経っていないのに彼の顔を見た瞬間、懐かしさと痛み、そして愛おしさに涙が出そうになる。
(泣いちゃダメだ)
 泣くのはしっかりと彼の言葉でフラれてからだ。
 そう自分に言い聞かせて先輩は笑みを浮かべる。
「久しぶりだね。どうしたの?」
 先輩は、動揺を隠しながら話す。
 いつも通りの穏やかな口調で。
 しかし、看取り人は、先輩の声を聞いて三白眼を顰める。
「先輩……何かあったんですか?」
 先輩の心臓がドキンっと跳ねる。
 なんでいつもは馬鹿がつくくらい鈍感朴念仁なのにこうことには敏感なのよ!
 先輩は、胸中で叫びながらも笑みを崩さない。
「そんなことないよ。いつも通りだよ」
 先輩は、鼓動が飛び出そうになるのを抑えながら話す。
 看取り人は、じっと先輩を見る。
「嘘ですね」
 先輩は、ぎゅっと右手を握りしめる。
「嘘なんてついてないよ。何でそんなこと言うの?」
「先輩を見れば分かります」
 先輩は、思わず自分の顔を触る。
 ひょっとして表情に何か出ていたのだろうか?
「顔には出てませんよ」
 看取り人は、三白眼をきつく細める。
「……!嘘ついたの⁉︎」
「ついてません」
 看取り人は、首を横に振る。
「言ったはずです。先輩を見てれば分かるって」
 先輩の切長の右目が大きく見開く。
「で?何があったんです?」
 看取り人は、先輩の鼻先まで顔を近づけて質問する。
 先輩は、羞恥のあまり顔を真っ赤にして右目を反らす。
「ひょっとして……」
 看取り人が三白眼でじっと睨む。
 先輩は、顔をさらに真っ赤にして唾を飲み込む。
「好きな人が出来たんですか?」
 ……へっ?
 先輩の顔から急激に熱が引いていく。
「昔、小説で読みました。好きな人が出来ると急に態度が変わることがあるって。特に異性に対して」
 看取り人は、それこそ小説の文面でも読み上げるみたいに抑揚なく、淡々と口にする。
 まるで先輩に好きな人が出来たのか?その事実だけを確認するように。
 それ以外の感情など何一つ持たないかのように。
 先輩は、心臓の鼓動が急激に静まっていくのを感じた。それと同時に冷たくなったお腹の底から沸々と黒く重いものが湧き上がってくるのも……。
 これは……怒りだ。
 先輩は、切長の右目で看取り人を睨む。
 しかし、看取り人はそれを自分の推理の肯定と受け取り、小さくため息を吐いた。
「やはりそうでしたか。もうお付き合いされてるんですか?」
 先輩は、何も答えない。
 ただただ看取り人を睨みつける。
「ひょっとしてその人に僕に近寄るなって言われてるんですか?束縛するのはあまり感心しませんが、そういう理由なら仕方ないありませんね」
 そういう理由?
 仕方ない?
 先輩は、奥歯をギリっと噛み締める。
 君にとって……私はそういう理由、仕方ないで片付けられるだけの存在ってこと?
「でも……せめて一言欲しかったです」
 一言欲しかった?
「そうすれば僕だって割り切ることが出来たのに」
 僕だって?
 割り切ることが出来た?
 ……なにを?
「……ふざけないで」
 先輩の口から冷たく、低い声が漏れる。
 聞いたこともない先輩の声に看取り人は三白眼を大きく広げる。
「言わなかったのは……どっちよ」
 切長の右目が燃え上がる。
「先輩?」
「貴方は……いつもそう。私の方が年上なのに大人ぶって……子ども扱いして……何でも分かったような顔して……まったく的外れなこと言って……」
 先輩の切長の右目から涙が一筋流れる。
 看取り人の三白眼が小さく震える。
「今だってそう。全然分かってくれてない。私のことなんて……どうでもいいんだ」
 もういいや。もう……どうでもいい。
「貴方にとって……私なんてただの昼友だったってことでしょ?」
 この人に気持ちを伝えたって意味はない。
 この人は……私のことなんて何とも思ってないんだから
「先輩?何を言って……?」
「もう近づかないで。話しかけないで」
 先輩は、手の甲で涙を拭い、背中を向ける。
「さようなら」
「えっ?」
「幸せになってね。応援してる」
 そう言って先輩は、走っていく。
 看取り人は、右手を伸ばして追いかけようとする。が、スマホが鳴る。
 先輩の背中が見えなくなる。
 その間もスマホは鳴り響く。
 看取り人は、彼のことを知っている人間なら驚くくらい唇を歪めながらスマホを見る。
 スマホにはホスピスの名称が表示されていた。
 そして出た瞬間、新たな依頼が告げられる。
 その内容は……看取り人も驚くものだった。

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