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メリーゴーランド

Y氏は遊園地の施設係員である。
客が乗り物に乗るときの誘導をしたり、チケットを切ったり、お客の列を整理したりする。彼の担当はメリーゴーランドだった。
メリーゴーランドはY氏一人でほぼ全ての作業を賄えた。
最近はメリーゴーランド目当てに来てくれる客はめっきり減った。
Y氏が若いときは、メリーゴーランドは遊園地の花形の一つだった。
今や最新式のジェットコースターやアトラクションつきのウォータースライダーやら、スリルを味わえるものにとってかわられている。

Y氏は過去に、一時違う乗り物を担当したことがあった。
しかし、やっぱりメリーゴーランドに勝るものはない、とY氏は思った。
以来数十年の間、Y氏はこのメリーゴーランドと共に時を過ごしてきた。客の喜んでいる姿とその笑顔が間近に見える、ということがY氏がメリーゴーランドを好きな理由だった。Y氏は人が心から楽しんでいる姿を見るのが本当に好きだったのだ。客もまたY氏の人柄に惹かれた。Y氏の笑顔とおしゃべり目当てに、メリーゴーランドに乗りにくる客も多かった。
客だけではない、勿論Y氏はメリーゴーランドも愛していた。
日々のメンテナンスはY氏自らが行った。機械が納まっているドラムの中に潜り込み、歯車を丁寧に磨いた。一つでも電球が切れたところがあればすぐに交換した。メリーゴーランドの動きに異常があればY氏にはすぐに原因を突き止めることができた。
幻想的な光に満たされ、優雅な動きで夢の世界を見せてくれる夜の姿も格別なものだった。そうやって、Y氏とメリーゴーランドは相思相愛、持ちつ持たれつの日々を過ごしてきた。

しかし、それも終わりの時が近づてきていた。あと数日でY氏はここを去らねばならなかった。定年退職もとっくに過ぎ、その後も働き続けてきたがとうとうY氏の体力も限界に近かった。一つ一つの動作がスムーズにできなくなってきている。
これを機に、会社からはメリーゴーランドも廃棄すべきだという意見も出ていた。それを聞いたときY氏はひどく心を痛めた。自分さえまともに動ければ…、もう少し…。
自分がいなくなっても、メリーゴーランドを残すことはできないものか、と会社に掛け合ったが、これから益々赤字を増やすことが分かり切っているものを残すことは難しい……、という応えしか得られなかった。
Y氏は、いつかはこういう時が来るのだと、諦めるしかなかった……。

沢山の客が列をなしている。
Y氏も以前にも増して元気で、明るい笑顔とともに客を迎えている。
子供たちもその笑顔につられ、Y氏を取り囲み楽しそうにはしゃいでいる。
子供たちだけではない。メリーゴーランドに乗っている大人たちもY氏の前に来ると、手を振ったり歓声を上げたり、写真を撮ったりする。
以前は静まり返っていたその場所は、今では他の人気アトラクションに負けないくらい華やいでいた。
「さて、そろそろ私も私に会いにいくとするか…。会社も憎いことしてくる。私の後継者を私のロボットにやらせるとは!それにしても、よくできているものだ。まぁ、全ては丸く収まった、というわけだ。やっぱりメリーゴーランドは遊園地の顔でなくちゃいかん」
近くのベンチに腰掛けて、杖に自分の顎を乗せ、その光景を満足げに眺めていたY氏がゆっくりと立ち上がりながら言った。

「了」

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