熱情
僕が子供の頃、ピアノを習い、
青帯で挫折したことはどこかで書いた。
ポリーニとの出会いに続いて、
それと切り離せない「熱情」について、
もう少し書いておきたい。
僕の高校には講堂にピアノがあって、
昼休みに弾いてるヤツがいた。
僕より明らかに巧かった。
ある日「熱情」を弾いていた。
観ているだけで楽しかった。
全身が歓びに満ち溢れていた。
ピアノを辞めたことを、
その時は少し後悔したものだった。
1807年に出版された、ベートーヴェン作曲、
ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調作品57。
「熱情」は本人がつけたタイトルではないが、
譜面に「熱情をこめて」と走り書きがあったとか。
それも最近はあまり言われなくなったが、
情熱ではなく熱情とした誰かに感謝したい。
とにかく革新的なベートーヴェン、
この曲も第2楽章と第3楽章の間に、
汗を拭くことはできない。
よくも集中力がもつというか、
だからこそポリーニに、早く録音して、
と心の中で叫んだものだった。
そして高校を卒業して浪人中、
ポリーニのNHKホールでの演奏を、
毎日のようにカセットテープで聴いていた。
それが僕にとっての「熱情」だった。
ピアニストから作曲家へ。
「運命」など精力的に創作していた
傑作の森と呼ばれるこの時期、
次の24番は4年後になった。
そして同時に「皇帝」が生まれる。
作曲家ベートーヴェンの、
1つの到達点だったようだ。
ピアニストの彼だったら、
どう弾いただろうか。