『YOU HURT MY FEELINGS(原題)』
偶然、機内で。
今時珍しい、非常にいい映画に遭遇した。日本では公開されず、配信もされていない。
憂鬱だったロンドン出張、往復28時間の窮屈なエコノミー席が、ANAのおかげで苦痛どころか幸せなシアター席に変貌した。
まず、往復で観た作品名を列挙する。
行き
『名探偵ポワロ ベネチアの亡霊』
『ベルファスト』
『ジュラシック・ワールド 新たなる支配者』
『RICEBOY SLEEPS』
帰り
『グランツーリスモ』
『シンプル・フェイバー』
『スキャンダル』
『YOU HURT MY FEELINGS』
『ウォルト・ディズニーの約束』
さすがにどれも手放しによかったとは言わないが、かなり厳選して観たので、ほぼ想定を上回る満足度。他にも観たい作品はあったが、観なくてもよかったかな、という作品は一つもない。
必ず迷ったのは、もう一度観たい作品を観るか、新しい作品を観るか、だった。たいがい、新しい冒険に出た。
唯一、劇場で公開時に観た作品がある。『スキャンダル』だ。
2016年のトランプの大統領選挙は、リアル劇場だった。2020年春にこの映画は日本で公開され、秋の大統領選挙の行く末を考えたものだ。そしてまた来年、大統領選挙である。
さて、行きのベスト作品は迷うことなく、『ベルファスト』だ。ロンドン行きの道中に、ぴったりだった。
『イニシェリン島の精霊』は、今年に入って真っ先に観た映画であり、『エンパイア・オブ・ライト』も続けて観た。アイルランドやイギリスの映画で、僕の2023年は幕を開けていたのである。
そして帰り、『ウォルト・ディズニーの約束』も異文化共生を考える素晴らしい作品だが、異なる個性の共生を考えた『YOU HURT MY FEELINGS』に、大きな賛辞を贈りたい。
脚本家でも定評あるニコール・ホロフセナー監督最新作で、A24配給作品。今年のサンダンス映画祭でとても評判がよかったらしい。
前作『大人の恋には嘘がある』(2013年)でも起用したジュリア・ルイス=ドレイファスが主演。テレビドラマっぽいところが、映画には新しく見えたのかもしれない。
現実の世界や社会の情勢がどうであれ、いや悲観的だからこそ、個人にとって本当に大切な家族や友人との信頼関係が、現代のNYを舞台にユーモアたっぷりに描かれている。
キャリアや評価に振り回されながら、積み上げた家族や友人との信頼も、些細なことで多様な感性に揺れ動く。
家族や友人なら尚更、やりたいことをやる、やろうとする強い意思と眩しい個性に、無償の愛を捧げたい。
“white lie”は、純粋に思い遣り、支えたいと思えばこそ。
その偽り無き、無邪気な美しさが、日常に宿る何気ない毎日を、大切にしたい。
日本で配信もされないのが、非常に残念だ。ANA劇場、恐るべしである。