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海岸通りの小さなイタリアンレストラン

 1982年,季節は秋,それはまだ時の流れがキラキラしていた頃の話です.夏の湘南は車や人が多くて苦手でした.ダイビングをするために週末は東伊豆に車を走らせて出かけていました.伊豆は観光地ですが,時間を外すと適当な食事処が少ないように私は感じていました.

 その日も,遊び疲れて車を帰り道に走らせている.海沿いの国道を北上して,早川口を経由して,湘南の海岸通りを抜けて,千葉に向かうのが,いつものルートだった.食事を取らずに稲村ヶ崎の手前まで来てしまった.雑誌で見て,気になっていたレストランのことを思い出した.店の前に駐車場はあるが,江ノ電の稲村ヶ崎駅前にも駐車場があることを覚えていた.車を左折して駅の方に向かうと,容易に駐車場を見つけることができた.

 店の中は,騒がしい感じはなく,とても落ち着ける雰囲気だった.随分,昔の話なので,何を注文したのか,はっきりとは覚えていない.ただ,はっきりと言えることはトマトソース系のパスタを注文したこと.

  パスタが出てきた.いつもの習慣のようにウェイター氏に,

  「すみません.タバスコを下さい.」

と頼んだ.すると,

「申しわけありません.当店は,イタリア料理店でタバスコは用意してございません.」

 再び,随分昔の話なので,ウェイター氏の正確な言葉は覚えていないが,こういった内容だったと思う.ただ言えることは,タバスコが無いと言われて,いやな気分は全くなく,仕方ないかと思っただけだった.多分,ウェイター氏が言葉を選んで話してくれたからだと思う.

 暫くすると,ウェーター氏が,鷹の爪を刻んだ小鉢を持ってきて,

「よろしければ,タバスコの代わりにこれをお使い下さい.」

「ありがとうございます.」

 食事を終えて,駐車場に戻り,車に乗った時に,このレストランは本物かもしれないと思った.食べ物だけではなく,本当に安らげる時間を提供してくれた.時間は人の言葉が作りだすものである.店内の内装に工夫凝らすだけでは不十分であろう.

 また,このレストランに来ようと思った.だが,あっという間に35年以上の年月が流れてしまい,あれから行っていない.インターネットで調べてみたら,レストランはそのままに営業していた.

 悲しいことに多くの人が通り過ぎ,多くの店がなくなって,時間は容赦なく過ぎてゆく.今は上辺だけのフェイクが多すぎませんか.もし,本物を見つけたら大切にしましょう.

最後に店の名前は,

 タベルナ・ロンディーノ(鎌倉市稲村ヶ崎)

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それでは,また,何時か何処かで.

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