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相続放棄_その5(法定単純継承)

相続放棄は手続きが比較的容易で、債務を一切引き継がなくて良いという強力なメリットがありますよね。   
そのためか、利用者が多く、相続放棄の年間の受理件数は約26万件にも及ぶといいます😊
今回も相続放棄について記載します。


|振り返り

ここまで4回にわたり相続放棄に関して記載しました。
故人が死亡すると相続が開始されることになります。

一方で故人(被相続人)からの相続財産がマイナスの場合などに相続開始の日から3か月以内に放棄することができること、相続放棄は民法の規定に基づき個人の意思で個々に行うことができ、その手続きとしては家庭裁判所に申述しなければいけないということでしたね。
個別には過去記事を参照してください。

|法定単純承認

誰でも「相続放棄」できますが、相続放棄をする前に一定の行為をしてしまうと、相続放棄ができなくなってしまうことがあります。

特に注意したいのが、相続財産の「処分」(民法921条1号)に該当する行為です。

(法定単純承認)
第九百二十一条 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

この民法の規定にいう処分に該当する行為をしてしまうと、単純承認をしたものとみなされ、相続放棄をすることができなくなってしまうのです。
これを「法定単純承認」といいます。

「単純承認」とは、「故人の債権債務を全て相続する」ことを認めることです。

つまり、単純承認をすると、法定の相続分に応じて、故人が負っていた借金や損害賠償債務なども全て引き継ぐことになってしまいます。

|法定単純承認となる可能性のある事例

以下のような事例では「法定単純承認」成立する可能性があり、相続放棄ができなくなることがあるので注意が必要です。

相続放棄をする前にしてはいけないことや、しない方が良いことを記載します。

① 土地や建物を売却する
故人が所有していた不動産(土地・建物)を売却してしまう行為は典型的な「処分」行為ということができます。
このような処分行為を行うと、法定単純承認が成立して相続放棄ができなくなってしまいます。

② 建物を取り壊す
被相続人が所有していた建物が老朽化しているとして取り壊してしまうと、処分行為に該当してしまいます。

一方で、崩れそうなブロック塀を補修する行為など、相続財産の価値を維持する行為は、「保存行為」(民法921条1号但し書)に該当するものであり、「処分」には当たらないと考えられているためです。

③ 預金を解約する
被相続人の名義の預金を解約するだけであれば、直ちに相続財産を「処分」したとは言い切れません。

相続財産から葬儀費用や墓石・仏具の購入など故人のために行う行為の購入費用などについては、相当な範囲であれば「処分」に該当しないとされています。
またこれらの物品を購入するために預金を解約することも同様とされています。

しかしながら、お金の性質上、自身の財産と混同(混ざって)することにあると、相続財産との判別が困難になり、“私的に使い込んだのではないか”という疑いも生じやすくなくところです。

やむを得ず、葬儀費用等に使うのであれば、領収書等はしっかりと保管し、何のためにいくら使ったのか第三者が見てもわかるようにしておくことがとても重要です。

④ 株の売却
形のある財産と同様に、株などの形のない財産、債権なども相続財産に含まれます。
被相続人名義の株式などの財産を勝手に売却すると、相続財産の「処分」に該当してしまいます。

⑤ 被相続人が経営していた会社の株主権を行使する
相続財産に株式がある場合、株式の売却行為のみならず、株主としての権利行使についても注意する必要があります。

株主としての権利を行使する行為は、株主権という相続財産を相続して引き継ぐことを前提とした行為ですから、処分に該当する可能性があります。

裁判例;
被相続人が経営していた会社の取締役選任を株主総会にて行う際に、相続人がその株式の議決権を行使した行為が、処分行為に該当すると判断された裁判例があります(東京地判平成10年4月24日)

⑥ 債権の取り立て行為
被相続人が有していた債権も相続財産です。
債権の取り立て行為を行うと、処分に該当してしまう可能性があります。

裁判例;
〇 相続財産に含まれる売掛代金、債権の一部を取り立てて収受領得した行為が「処分」にあたるとした裁判例(最判昭和37年6月21日)

〇 自己が受け取ってよい金であるとの認識で相続財産に属する債権の取り立てを行なったことが「処分」にあたるとした裁判例(東京地判平成15年8月28日)

なお、取り立て行為ではなく、債務者に催告を行い、時効の完成を猶予する効果を生じさせるだけの行為であれば、「保存行為」(民法921条1号但し書)となり処分には該当しません。

⑦ 「過払金返還請求権」を行使
被相続人が有していた過払金返還請求権を行使するということは、相続放棄をせずに相続財産(過払金返還請求権)を引き継ぐことが当然の前提となっていることから、処分行為に該当すると考えられます。

⑧  被相続人が賃借していた建物について賃借権の存在の確認を求める訴えを提起
賃借権の存在の確認を求める行為は、相続放棄をせずに相続財産(賃借権)を引き継ぐことが前提となっていることから、処分行為に該当します。

同様の事例において、処分にあたると判断した裁判例があります(東京高判平成元3月27日)。

⑨ 被相続人、故人が所有していた不動産について、入居者の賃料振込口座を自身の名義に変更
このような行為は、被相続人の不動産を相続し、不動産から生じる賃料収益を自身が領得することを前提とする行為であり、処分に該当する可能性があります。

被相続人が所有していたマンションの賃料の振込先を、相続人の名義の口座へ変更した行為が、処分行為に該当すると判断された裁判例があります(東京地判平成10年4月24日)。

⑩ 債務弁済
相続放棄をするのであれば、水道光熱費・携帯電話代・未払い賃料・入院費用など、被相続人が負っていた債務について弁済する必要はありません。

あえて相続財産を支払いに充ててしまうと、処分に該当する可能性があります。

⑪ 形見分け(遺産を誰かにあげる、もらう行為)
形見分けについては、基本的には処分には該当しませんが、一般的な経済価値のある物品を誰かにあげたり、もらったりすると、処分に該当する可能性があります。

裁判例:
和服15枚・洋服8着・ハンドバッグ4点・指輪2個を相続人の一人に引き渡した行為が「処分」に当たるとして、単純承認とみなされた裁判例(松山簡裁昭和52年4月25日判決)。

⑫ 被相続人が住んでいた家の賃貸借契約を解約
被相続人が住んでいた家の賃貸借契約を解約する行為は、「処分」に当たる可能性があります。

どうしても自身で解約する必要がある場合には、管理会社(大家さん)に借主が死亡したことを伝えて、貸主の側から賃貸借契約を解約してもらった方が良いでしょう。

⑬ 被相続人が住んでいた家の敷金を受領
敷金は被相続人が貸主に預けたもの(財産)ですから、その敷金の返還を求める権利は被相続人の相続財産となります。

被相続人が借りていた家が解約されたとき、貸主から返還される敷金を受け取ってしまうと、被相続人の財産を「処分」したことになりますから、受け取らないようにしましょう。

⑭ 遺産分割協議を行う
遺産分割協議
は、自身が相続人となることを前提とする行為ですよね。したがって「処分」に当たる可能性があります。

相続放棄をする場合は、その旨を明示して遺産分割協議に参加しないようにしましょう。

|このページのまとめ

今回は、相続放棄の問題点である法定単純承認となる可能性のある場合について記載しました。
一定の行為をしてしますと相続放棄ができなくなるということについて理解できましたか?

相続放棄については、微妙な問題があるので、相続放棄を考える方は注意してください。

次回は最後かな?
相続放棄に関する質疑応答例などを少しだけ書いてみますね。