育成年代の身体能力
近年、サッカー選手の身体能力の向上が著しい中で日本サッカーでも着実に身体能力の向上が見受けられる。ブライトンに所属する三笘薫は確かな技術はもちろんのこと持ち味の瞬発力と緩急でサイドを切り裂くシーンは日本サッカーの新時代を感じさせる。
今シーズンからリバプールに移籍した遠藤航はチームのフィットし始めてアンカーとしてレギュラーに。『デュエル王』こと遠藤はネガティブトランジション時に素早い出足でボール刈り取り、二次攻撃、三次攻撃へと繋げる。バチッと身体を相手にぶつけてボールを巻き上げる遠藤のボールハントはリバプールのトランジションを支えている。
現代サッカーにおいて着実に1つひとつの基準が高くなっており、身体能力の基準も高まってきている中で、個人的にはまだまだ育成年代で身体能力を高めることができるのではないかと思っている。
高校サッカー選手権
青森山田の筋トレ
第102回大会となった今年の高校サッカー選手権は青森山田の優勝で幕を閉じた。一時は近江に同点にされるも、落ち着いたゲーム運びでゲームを制し優勝を成し遂げた。近江は勢いのあるドリブルと狭いエリアでの2人目3人目が関わり続けるコンビネーションで切れ味を見せたが、青森山田は個々の身体能力の高さを活かしてピッチを縦にも横にも広く使い、カウンターの鋭さや制空権を握ったセットプレーから強さを発揮した。
それもそのはず青森山田は参加高校の中でもトップの平均身長を誇り、体重に関しては頭が1つ抜けており、2番目に平均体重が高かった神戸弘陵に5kgの差を付けていた。
以前、青森山田の筋トレの様子をYouTubeで見たが、プロが行うようなメニューを日々こなしていた。
青森山田の筋トレ動画は沢山YouTubeにあるのでぜひ参考に。
高校サッカー選手権に出場する高校であれば日頃からキツイ練習や筋トレを積んでいるとは思うが、青森山田に比べると筋トレの1つひとつの質や量がまだまだ足りないということなのだろう。でなければ平均体重で5kgの差はつかないはずだ。もちろん、ジムがない高校や専門家を雇って筋トレを行うことができない高校も多いはずだ。特に公立高校は私立高校に比べて自由にいかないことが多くあるだろう。そういった高校では改善できる環境は改善していくことと、限られた環境の中で最善を尽くすことの2つの努力を行うことが必要になる。
ロングスロー
青森山田の十八番でもあり、今大会では多くの高校が採用していたのがロングスローだ。こんなにもロングスローが見られる大会は世界で見ても稀だと思う。ロングスローを多用するチームが多い理由として、得点に直結しやすい飛び道具になるからだ。実際にこの大会だけでも多くのゴールがロングスローから生まれていた。
そもそも、対ロングスローが全く整備されていないため簡単にロングスローから点が入るようになっていたという背景は押さえておくべきだろう。ロングスローに関して、議論が繰り広げられているが、一発勝負の全国大会で得点に繋がるのであれば、やらない手はないだろう。そして、これだけロングスローで議論が繰り広げられた甲斐もあり、ロングスローの守備が整ってきたという意味でも今大会ロングスローが多用された意味があるのではないだろうか。
しかし、いくら対策がなされていても青森山田のように比べると身体能力が高いチームがロングスローを持っていると非常に有効であることは間違いない。特に青森山田の小沼君のように速い球足で飛距離も出せるのであれば、FKやCKと変わらないセットプレーだ。しっかりと対策はしていたが、青森山田のような身体能力の高いチームのロングスローは防ぎようがなかく失点したと捉えることもできるかもしれない。
では、ロングスローから失点しないために、あるいは得点するためにもっと身体能力を上げる取り組みが必要なのではないだろうか。
育成年代での身体能力
最近では少しずつ捉えられ方も変わってきたように感じるが、育成年代における身体能力を上げるトレーニングはご法度のような認識が昔はあった。私が中学生や高校生の頃には「筋トレして筋肉をつけ過ぎると背が伸びない」というオカルトがあり、体重を増やしたり体を大きくするような筋トレは敬遠されていた。どうやらこのオカルトは事実ではないことが研究で証明されているらしい(きっと例外はあるのだろうが)。
近年では特にユース年代では筋トレ積極的に取り入れているチームが増えてきていて、ユース年代における身体能力の向上は著しいのではないかと感じる。しかし、ジュニアやジュニアユースを見ていると身体能力の向上は取り組んでいかなければならないと思っている。更にはユース年代の身体能力は向上しているがまだまだ足りていないというのが個人的な認識である。
というのも、高卒の選手やユース年代の選手がJリーグではまだまだ試合に絡めていない現状があるからだ。当然、若くしてデビューすることは決して簡単なことではなく、タレント性が必要なものである。しかし、技術やスキルは十分だが、身体能力の観点からまだまだJリーグで戦うには物足りないと評価されてしまい試合に絡めないケースも多いのではないだろうか。そういった意味ではFC東京の松木玖生は高卒1年目からJリーグの身体能力にアジャストしたのはもっと評価されるべきであり、青森山田の筋トレが実ったとも考えられる。
プレミアリーグでは10代から試合に絡んでいきそのまま成り上がっていくケースは日本に比べると多い。アーセナルのサカは17歳でデビューして今ではプレミア屈指のウインガーに。その他にもマンチェスターシティのリコルイス、マンチェスターユナイテッドのガルナチョ、アストンヴィラのマイリーなどプレミアでは10代の選手の活躍が目に止まる。
こうした背景には育成年代における長期的な身体能力を向上させるフレームワークがあるからである。
イングランドやウェールズの身体能力開発フレームワーク
イングランドやウェールズでは身体能力の開発は育成年代からじっくりと時間をかけて行い、技術やスキルだけでなく身体能力的にもエリートな選手を育てるという考え方が定着している。
最近では身体能力や体のサイズを中心に選手をスカウトして、技術やスキルの部分はクラブで育てるというスカウティングを行っているクラブが増えてきている。それだけ育成年代においても身体能力は重要視されているということだ。では、育成年代ではどのような身体能力の開発・向上を行っているのかアーセナルとウェールズでの取り組みを見ていく。
アーセナルアカデミーでの取り組み
アーセナルアカデミーでは身体能力開発のフレームワークが作られている。Des Ryan氏(アーセナルアカデミーストレングス&コンディショニング責任者)が就任してから、アカデミーの選手たちがプレミアリーグで通用する身体能力を開発するために作られたのがこのフレームワークである。
身体能力をレベル1からレベル4まで段階に分けてアカデミーのプログラムに組み込んでいる。
レベル1では主に4種の選手に対して行うプログラムで、様々な動きやアクションを組み込んだ身体操作を中心とした内容となる。レベル1で重要な視点が「どれだけ上手に身体操作ができているか」であり、身体の強さや頻度、量といったものは重要視されていない。
そして3種ではレベル2のプログラムとなり、「どれだけ上手に身体操作ができているか」に加えて、「どれだけ強く身体を使うことができているか」という視点が入ってくる。つまり、一度のアクションに対してより多くのパワーやエネルギーを出せるようにトレーニングする。従って、3種からはウェイトトレーニングの要素も入り、身体を大きくするメニューが加わってくることになる。
そして、2種になるとレベル3となり、先程の2つの視点に加えて、「どれだけ素早く身体を使うことができるか」という視点が加わる。3種までに身体の使い方と出力の出し方を学び、2種からは「それらをいかに速く使うことができるか」ということにフォーカスする。
そして、レベル4ではプロと同様の身体能力レベルとなり、プロのようなエリートな身体能力を身につけて、すぐにでもプロの環境で戦うことのできるプレイヤーにしておく。つまり、2種の時点で身体能力の育成は完了し、若くからエリートレベルに対応できる身体能力に育てるようになっているのだ。
カテゴリー毎にプログラムを作成して、エリート選手
ウェールズ国内での取り組み
ウェールズではサッカー協会の色が濃く出ているのが特徴で、各年代ごとに協会から「こういった内容のカリキュラムにしてください」というナショナルシラバスがある。ウェールズは人口が少ない非常に小さな国だが、協会の方針のもと国内で一貫した取り組みを行うことによって、エリートな人材を排出しようとする試みだ。
ナショナルシラバスにはU6〜U-8、U-9〜U12、U13〜U16、U17以上のカテゴリーに分けられており、各カテゴリーで必要な能力が技術、身体、心理、戦術の4つの側面からまとめられている。そして、U6〜U-8のカテゴリーでも「どのような身体能力が必要か」が明記されている。それだけ、エリートな選手にはプロになるための高い身体能力が求められていることがわかる。
具体的な内容を見てみるとU-6〜U-8では身体操作のスキルを身につけさせるように求められている。ここでは基礎身体能力の開発が重要とされており、短時間のレストを多く入れながら様々な運きを取り組むことが推奨されている。
U9〜U12ではU-6〜U-8に比べるとより複雑で難しい動きやタスクを課しながら身体能力を開発することが求められている。特に身長や体重の変化が起こり、身体の変化が始まることの年代では個人に合わせた目標設定が重要とされている。必要に応じて能力毎のグループ分けも推奨されている。
U-13〜U-16では身体が大きく変化するカテゴリーであるため、身体負荷を調整して怪我を防ぐとともに、サッカーに必要な身体能力を身に付けるカテゴリーとまとめられている。ウェールズ国内のアカデミーではこの年代からウェイトトレーニングが導入されることが多い。
そしてU-17以上のカテゴリーでは身体の強さと耐久性を高めるトレーニングで身体能力に磨きをかけ、更にポジション毎に求められる身体能力を身に付けることも求められている。
私が働いているクラブのアカデミーでもU-10から『スポーツサイエンス』と呼ばれる様々な動きを取り入れた基礎身体能力を開発するためのセッションが行われている。そして、U-14以上のカテゴリーではジムでのウェイトトレーニングが行われており、サッカー選手に必要な身体づくりが行われている。
イギリスは日本以上に身体能力を重視する傾向が強く、身長(選手、選手の親、選手の祖父母)、柔軟性、身体操作(コーディネーション)、スピード(5m〜30m)、アジリティ、スタミナ、ストレングス、ジャンプを厳しく審査する。シーズンの頭や真ん中、終わり頃には身体能力テストが行われることが多く、「前回に比べてどれだけ身体能力が向上したか」や「年代の平均値と比べて上か下か」などデータをもとに成長を伺ったりもする。育成年代(特にU-13〜U-16)ではそれだけ身体能力が欠かせない要素になりつつある。
当然、身体能力以外の部分も評価の対象ではあるが、近年ではサッカー選手のアスリート能力が高まっていることから身体能力がより評価される傾向にある。更には誕生月を見て、早生まれ(Q4:日本で言うところの1月〜3月生まれ)の選手に関しては身体の成長が遅い傾向あるために、身体能力に関しては寛容な目で評価されるなどの取り組みもある。ヨーロッパの国々では世代別代表で早生まれチームを作り、じっくりと時間を与えて成長を見るといった取り組みもあるくらい、身体能力のポテンシャルを見逃さないように徹底されている。
現在、日本から若い10代の選手が欧州に行く流れも生まれ始めた。徐々に欧州が日本の選手たちのポテンシャルに興味を持ち始めたと言えるだろう。育成年代から選手たちがプロになれるように行ってきた様々な取り組みが実り出したのではないだろうか。そして、今後は育成年代の選手をプロにするだけでなく、プロの環境で活躍できるような選手に育成することが重要だ。そのためには当然身体能力も必要になるだろうし、それ以外の側面も総合的に育成する必要がある。これまでの各チームのユニークな取り組み(うちのチームは身体能力に特化します、ドリブルを極めますなど)から、どの分野・側面でもエリートな選手を育てられるようになると、更に日本サッカー界の飛躍が見られると期待している。