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【掌編小説】寝心地のよいベッド(1314字)
初稿公開日:2009年11月15日(日)
無藤は就職して一人暮らしを始めることになった。就職した会社から程近い駅の、その駅から少し離れた場所にあまり古くない小綺麗なアパートに住むことにした。
慣れない一人暮らしと会社勤めの疲れで何だか安まらないときが続いていた。そんな時、駅からアパートまでの道のりの途中に古道具屋があることに気づいた。無藤は家具にそんなに興味もなく、またいわゆるビンテージとかアンティークとかの代物にも造詣は深くなかった。したがって普段はそんなものに興味を全く持たない無藤だった。
部屋は、やっと1DKといえる程度の広さである。狭いとは言え、家具がほとんどないので、部屋の中があまりにも殺風景だ。それも疲れが取れない要因の一つかも知れない。せめて一つぐらいは家具があってもいい、と無藤は思った。
無藤は、冷やかし半分で古道具屋に入ってみた。古びた家具や道具が所狭しと置いてある。それぞれ値札がついていたが、価値が全くわからない無藤には、そんな値段で買う奴がいるのか、と思われるほど高い家具もあった。
店の中に無藤の目をひくベッドがあった。人間の形を模した装飾が施された、奇抜なデザインと言いうるベッドだった。その人型の模様が妙にリアルで、家具のデザインの善し悪しの判断もできない無藤の目をひいたのだった。値段はついていない。
「すみません、これはいくらでしょうか。」
無藤は店の奥にいる店主に声をかけた。店主はそばまでやってきて、老眼鏡をずらしながら値段を言った。ベッドの値段としてはそれほど高くない。そこら辺の家具屋でベッドを買うよりも安いと思われた。どう見てもそのベッドは、無藤の部屋には全く似つかわしくないデザインだった。しかし、安いからこれで十分だ、と思った。
ベッドが運ばれてきた夜、無藤は疲れもあったのか、ぐっすりと寝ることができた。翌朝の目覚めはこれまでになく非常に爽快だった。なかなか寝心地のいいベッドじゃないか、と無藤は至極気に入った。
無藤は仕事に疲れて帰ってきても、そのベッドで寝ることで翌日に疲れを残すことがほとんどなくなった。寝心地がよすぎて、休日などはベッドから出るのが嫌になるほどであった。
逆に、ベッドで過ごす休日が明ける月曜が無藤にとってとても辛くなってきた。決して寝不足なわけではないのだが、ベッドに横になっているだけで非常に心地よいのである。
日が経つにつれて、寝心地のよいベッドから這い出て会社へ行くことが、無藤にとって非常に困難な行動になってきた。無藤の心は、会社にいても、早く家に帰りベッドに横になりたい思いに占められるようになった。そしてついには、無藤は休日にはベッドから出ることがなくなってしまった。
ある月曜日のこと、無藤が会社を無断欠勤した。連絡もなくその一週間を休んでいた。無藤の上司である西塔は様子を確認するため無藤の部屋を訪ねた。しかし、無藤は留守のようだ。心配になった西塔は大家に鍵を開けてもらうことにした。無藤の部屋には、その部屋に似つかわしくないベッドが置いてあった。
そのベッドの人型の装飾に無藤の顔に似た模様が増えていることに、西塔が気づくはずもなかった。
(了)
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