【掌編小説】怒れる女(1492字)
その女は、鬱憤を晴らすようにずっと話していた。
「幼い頃にね、母の再婚相手に、ずっと虐待されていたのよ。だから、ちょっと、その男の食事に古い農薬を盛ったわけ。殺そうとかそういうのじゃなくて、ちょっと仕返しって言うか、自分の身を守るためよ。まあ、幼子の防衛本能みたいなものよ。だいいち、その農薬を食事に入れるとどうなるとか、それが悪いこととか、そういうことはわかってないわけでしょう。」
「小学校の頃にはね、生意気だからっていじめの対象になったのよ。いじめられたのよ。それを首謀した女の子とはウマが合わなかったわね。しょうがないじゃない、ウマが合わなかったんだから。だからっていじめられる方は大変よ。その首謀者の子に近くの川原に呼び出されて、川の中に落とされそうになったのよ。その子が押してくるのを避けたのよ。そしたらその子が川に落ちて…。たまたま大雨のあとで川が増水してたことなんかも知らなかったし。」
「中学でも同じようにある子に目の敵にされたわ。なんか彼氏に色目を使ってるとか言われて。別にその子の彼氏に興味なんかなかったのよ。その子が学校の屋上に呼び出すから行ったわけ。私じゃないわよ、しかけてきたのはあっちの方だからね。ちょっと突っつきあってたら、その子が勝手に落っこちちゃったわけよ。私が落としたわけじゃないわよ。私は何もしてないんだから。」
「高校で別にモテたわけじゃないわよ。でもその男子だけは、異常に私に興味を持ってたみたいなの。巨乳女子が大好きだったみたいで、私とヤリたくてしょうがなかったんじゃないの。だから、体育館の裏に連れ込まれて無理やりヤラれそうになったのよ。殺すために果物ナイフを持ってたわけじゃないわよ。大好きな柿を昼食後に食べるためにたまたま持ってただけなの。当然、抵抗するでしょ。その拍子に何があったって正当防衛よね。」
「私が車を運転してたら、急に飛び出してきたばかがいたのよ。それを避けようとしたら、電柱にぶつかったわけ。助手席に乗せてたその子が死ぬなんて思わないでしょ。故意にぶつかったわけじゃないわよ。私だって大怪我したんだから。助手席のシートベルトだって私が壊したわけじゃないし、だいたい壊れているなんて知らなかったし。そりゃ、その子のことは、死んで欲しいと思うほど嫌いだったけど。その思いと事故とは関係ないわよ。何で私が大怪我しなくちゃならないのって思ったわよ。」
「結婚した最初は、ご多分に漏れず、幸せだったわよ。でも、1年もしないうちに暴力夫になったってわけ。そりゃ、こっちは小さい頃から暴力には慣れてるけど。でもそれが半端じゃないのよ。箸の上げ下ろしが悪い、とか言われて殴られるのよ。ガスを使っているときに、殴られてぼーっとしてただけなのよ。殴られてごらんなさい、ぼーっとするから。放火じゃないわよ。ちょっと油にガスの火が着いちゃっただけよ。私だって大火傷したんだから。夫は煙に巻き込まれてしまったわけだけど。」
「そんな不幸な人生を送ってきたのに、何で癌にならなきゃならないの。それも治るって言われて、手術を受けたのにさあ。切除するとこ間違えましたって、話しにならないわよ。病院で暴れまくったわよ。手術用のはさみとかメスとかも投げまくったし、消毒液とか、劇薬とか、病院中にぶちまけてやったわよ。そのせいで病院がどうなったかなんてこと私に関係ないわ。」
「こんな不幸な人生を送ってきて、苦しんだのに、まだこれ以上、苦しまなきゃならないわけ。そんなこと不公平すぎると思いませんか。」
こんな魂にはいままであったことがない。天国へ送るべきか、地獄へ送るべきか、閻魔大王は頭を抱えるのであった。