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【掌編小説】危険、入るな!-その後-(1258文字)

初稿公開日 2009年10月18日 (日)

 雄文は出口のない洞窟に閉じ込められてしまった。どのくらいの時間が過ぎたのか、全くわからない。時計は動いているようだが、秒針が文字盤の真上を行ったり来たりしているだけだった。携帯電話の時計も同じだ。当然、洞窟の中は電波の圏外だった。
(この洞窟は、どんな仕組みになっているのか。)
 一種のタイムマシンのようにも思えた。さっきの兵隊は一〇〇年近くも閉じ込められていたようだが、年も取っていなかった。では、自分がここから出られるとは、一〇〇年先のことなのだろうか。
 絶望感に苛まれていると、突然ちょんまげがほどけたような散切り頭で、落ち武者のような出で立ちの男が現れた。顔はひどく汚れており、鎧を着け手には刀を持っている。雄文が驚いていると、その落ち武者も驚いた顔をしている。
「貴様、こんなところで何をしている。」
 落ち武者は、雄文に刀を突きつけた。
「いや、ちょっと、ここで迷ってしまって・・・。」
 雄文は言葉を濁した。気がつくと、落ち武者の後ろに出入り口があった。雄文は出て行くチャンスだ、と思った。しかし、入ってきた落ち武者の出で立ちから、外に出て行くことにためらいもあった。
(落ち武者が入ってくるなんて、外は何時代だ? それにこいつの後ろに回ってどうやって出て行けばいいんだ。)
「ここは俺が休むのにいい場所だ。お前邪魔だ、ここから出て行け。」
 雄文は幸運だと思った。しかし、外がどのような時代なのか、心配で仕方がない。試しに落ち武者に聞いてみた。
「あの…、今は何時代ですか。」
 落ち武者は少し考えてから、にやっと笑って言った。
「今か…。今は戦国時代だ。」
 雄文は出て行くことがためらわれた。二十一世紀に生きてきた雄文が戦国の世の中に放り出されても、どうやって生きていけばいいか想像できない。しかし、出て行かないことには、また閉じ込められたままになってしまう。次に出られるのはいつになるか、出られたとしても、恐竜時代ではますます困ってしまう。雄文は思いきって洞窟のその広間から出た。雄文が振り返って、広間の入り口を見ると、そこは岩壁となっていた。入り口が閉ざされてしまったようだ。
 雄文は小走りで洞窟の中を外へ向かった。途中に多くの落ち武者風の男たちがたむろしていた。しかし、雄文を見ても何も言わない。
 雄文は、狭い洞窟の出口を腹ばいになって外へ出た。太陽の光が異様にまぶしかった。

 すると、雄文のそばへ、帽子をかぶり、眼鏡をかけた偉そうな男が駆け寄ってきた。
「おい、お前、ここで何をしている。撮影の邪魔だ。」
 撮影? まぶしいと思ったのは、大量の撮影用のライトの光だった。とすると、あの男は役者?
 雄文に声をかけた偉そうな男は映画の監督らしい。その監督がそばにいたスタッフに言った。
「おい、もう一回今の場面を取り直すぞ。主役はどこへ行った。」
 洞窟の中から、落ち武者の格好をした役者の一人が大声で答えた。
「ケンさんがどこにも見あたりません。」
 雄文は面倒なことに巻き込まれそうな予感がして、その場を急いで去っていった。

(了)

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鳴島立雄
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