【掌編小説】始発電車(1332字)
西塔は都心の小さなアパートから郊外の家に引っ越した。西塔の会社は都心にあるが、都心の近くではそんな広い敷地の家を買うことはできない。だから西塔は、始発に近いぐらいの電車に乗ると会社の定時に間に合う郊外に、念願だった広い庭のある一軒家を構えたのだ。
土日に引っ越しを終わって、新居から初めて出勤する月曜日。西塔は朝早く起き、何とか始発電車に乗り込むことができた。
「結構辛いなあ。まあ、そのうち慣れるだろう。」
電車に2時間も揺られなければならない。西塔は引っ越しの疲れと慣れない早起きのために居眠りを始めた。ただ、終点まで乗るので寝過ごすことはない。
都心の終着駅に着いたとき、西塔はとてもスッキリと目覚めることができた。長時間乗車の疲れもほとんど感じなかった。逆に非常に働く意欲が湧いてきた。
「これは結構いい効果かも。始発駅だから必ず座ることができるし、電車に乗っている間に眠れば、すっきりして仕事もはかどりそうだ。」
「おはよう。」
会社に着き自分の職場に入ると、西塔はみんなに聞こえるように挨拶をした。しかしみんな怪訝そうな顔をして、小さな声で、お早うございます、というだけだ。やがて、部長が出勤してきて西塔は部長席まで呼ばれた。
「西塔君、昨日はどうしたんだね。連絡も無しに休んで。引っ越しで疲れたのなら、一言電話してくれれば済むことじゃないか。」
西塔は、怪訝な表情を見せながら答える。
「はあ、昨日は日曜でしたから、休んだだけです。休日出勤してやるべきことがありましたっけ。いや、有ったとしても引っ越しがありましたから、出勤はできませんでしたが。」
部長は、少し苛ついたように言った。
「何を朝から寝ぼけているんだ。昨日は月曜日だ。君は昨日、無断欠勤をしたんだぞ。」
どうやら、今日は火曜のようだ。と言うことは、西塔は丸一日電車の中で寝ていたと言うことか。西塔は訳がわからなかった。
さらに、部長は言った。
「明日水曜は、取引先との大事な打ち合わせがある。昨日のようなことはないように、気をつけたまえ。」
西塔は、はあ、気をつけます、と答えて、納得の行かない顔で自分のデスクに戻った。
翌日の水曜の朝、西塔にとってはまだ2度目の新居からの出勤だ。まだ、体が慣れないせいか、電車に揺られると眠い。西塔はやはり眠ってしまった。
終着駅に着き、目覚めるとやはり気分がすっきりしていた。今日は大事な打ち合わせがある。とてもうまくいきそうな気がする、と西塔は思った。
会社に着く、珍しく部長が既に出勤していた。部長は、西塔の顔を見るなり怒鳴った。
「君は、あれほど言ったのにまた無断欠勤か。取引先の部長がかんかんだったんだからな。もう君には重要な打ち合わせは頼まん。」
今日は木曜。西塔はまたもや一日中電車の中で眠っていたらしい。
次の日の朝、西塔は思った。
「どうも、電車で居眠りをするとおかしなことが起きてしまうようだ。今日は、居眠りをしないように頑張らなくては。」
いつもなら次の駅に着く前に眠ってしまう西塔であるが、この日はまだ暗い外の景色を見ながら、寝ないように気を紛らわせていた。
しかし、その始発電車はずっと走り続けるばかりで、いつまで経っても次の駅に到着しなかった。