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【連載小説】あの時、僕は二人になった[9/10](8527字/総約8万字)

【2022年ポプラ社小説新人賞の(問答無用の)落選作】
 登場する人物および名称は、すべて架空のものであり、実在するものと一切関係有りません。
 また、差別的と感じたり公序良俗に反すると思われる記述がありましたらお知らせ下さい。

(十七)

「なんでいちばんいい時に跳ぶんだよ!」
 倫也は地団駄を踏んだ。百川神社の祭りの最中、それも実音と二人で祭りを思い切り満喫していたところだった。すでに夕方近くであったので、今日はもう跳ばないだろうと安心もしていた。
 最低なタイミングでトモナリの世界線に跳んできたことで、倫也の頭の中は憤懣やるかたない思いで埋め尽くされてしまった。トモナリの病室に入って毎度おなじみの挨拶をすることも面倒に感じて、倫也は階段に向かった。
 いつもと違う時間帯。エレベーター前のスペースでは夕食の準備の最中だった。倫也は、病院の夕食の時刻は早いと聞いたことがある。こんなに早く準備を始めることに、倫也は少し驚く。白い作業着を着た食事係は、多くの入院患者のために、テキパキと食器を並べている。その手の動きは、リズムに合わせて踊っているかのようだ。
 夕食を乗せたワゴンの横を通り過ぎて病棟の階段を降りようとしたところで、小学生くらいの男の子とその父親とすれ違った。時間帯が違うと、病院内の様子や見かける人も異なるのだろう、と倫也は思った。ちらっと振り返ると、二人はトモナリの病室がある廊下の方へ向かって行く。病院にいるのに似つかわしくないこんな法被姿でも誰にも注目されない。好奇心が強いはずの小学生さえ目もくれず通り過ぎていく。
 病院の玄関で、倫也は辺りをキョロキョロと見回す。今日もあの男がいるのではないかと危惧したからだ。いや、半分は期待をしていた。
 倫也は、倫也の世界線の百川神社の拝殿内に『あの男』がいたような気がしていた。そして跳んできた今、このトモナリの世界線のあの男がどうしているかが気にかかっていた。昨日この病院で出会った時、あの男は、倫也の世界線にいる『私』に連絡する術を持たない、と言った。しかし倫也は拝殿内の『あの男』と目が合った気がした。明らかに倫也を見ていた気がしたのだ。もし、あの男もいくつかの世界線を行き来しているとすると、どこか他の世界線で倫也を見て知っていてもおかしくはない。とにかく倫也は、百川の二つの事件を解決するために、あの男ともう一度話をしたいと思った。あの男に会えれば、もう少し詳しいことを聞けるかも知れないという期待があった。ただ、今までの経験から、倫也の世界線とトモナリの世界線での、他人の行動というのはほぼ同じであることもわかっている。だから、あの男は今、百川にいる可能性が高い。トモナリの世界線のトモナリの家、ミオンの家の様子を知りたい思いもあったが、今はあの男の正体を探ることが先だ、と倫也は心を決めていた。
 病院から地下鉄に乗って栄に向かった。名古屋のいちばんの繁華街である栄に建ちながら、少し古びた雑居ビル。このビルに事故の原因となった足場はもうない。足場の崩落事故があった時、倫也と同じようにあの男は行動を思案していた。何らかの企みに手を貸すかどうかをここで迷っていたはずだ。そして、あの男と畠川が会っていたのがこの辺だ。だから、この事故現場近くには何かヒントがあるはずだ、と倫也は確信している。
 その雑居ビルの一階はラーメン屋。その入り口手前脇には、上の階に通じるエレベーターと階段がある。エレベーターの脇には、各階のテナントに入る店や企業の名前の看板が表示されている。二階から六階までは居酒屋やバーだ。七階の看板には「明清めいせいコンサルタント」と書いてある。『コンサルタント』というからには、何かの相談を受ける会社なのだろうが、倫也ははっきりとしたことを知らない。
 倫也はエレベーターに乗り、七階のボタンを押す。七階について、エレベーターの扉は開いたが、壁が出現しただけだった。よく見るとそれは扉だった。ノブを回してみるが、ドアは開かない。訪問者を拒絶するように、エレベーターの扉のすぐ前に別の扉が存在している。そんな造りが消防法で許されるのだろうかと思ったが、倫也は消防法を詳しく知っているわけではない。
 栄に事務所を構えながら、相談を受ける会社であるだろうに、一般客を拒絶する造りとなっている。その上、飲食店ばかりの雑居ビルに一つだけそんな事務所があるのがいかにも怪しい。
 倫也は一階に戻って思案する。どうすれば、あの事務所に入ることができるのか。
 夕方になると、栄は昼とは違った様相を見せる。普段の昼であれば、ビジネスマンがせわしく行き交う街だ。今日はお盆休みの企業が多いとは言え、真夏の暑い夜を栄で楽しもうとする人々は少なくない。一つの階を除いて飲食店ばかりのこのビルにも、冷房が効いた店で酒を飲みたい客たちが集まってくる。
 並行する世界線パラレルワールドの法則がどうなっているのかを、倫也は知らない。あの男の言葉を借りれば、『創造主』のみぞ知るだった。しかし、倫也自身が体験してわかったことがある。硬貨は使えるが、紙幣や電子マネーは使えない。スマホは、録画、録音機能は使えるが、電話や通信機能は使えない。この二つには共通点がある。番号や識別コードが付いたものは使えないということだ。つまりトモナリの世界線に唯一存在すべき物は、倫也が持ってきた物ではその機能を果たさないことだ。紙幣には固有の番号が付与されているが、硬貨には識別がない。通信や電話にはシムカードが必要となるが、撮影や録音にはそれが必要ないことだ。
 では、人物の認識についてはどうか。この法則について、倫也はまだはっきりとした確証がなかった。しかし、並行する世界線のルールを逆手に取ることができるのではないか、と倫也は思っていた。チャンスが訪れるかどうかは全くわからない。チャンスが来る前に、元の世界線に戻されてしまう可能性もある。ただ、今思い付く手立てはそれしかなかった。
 エレベーターの定員は五人。このビルの上の階に行く客に混じって倫也もエレベーターに乗る。最初はサラリーマン風の三人組。三人組の一人が三階のボタンを押す。倫也はエレベーターの隅で黙って立っているだけだ。三人組が降りても倫也は降りない。ドアが閉まると、倫也は一階のボタンを押す。一旦降りて次の客を待つ。数えられるほどの繰り返しに過ぎないが、倫也には永遠に続く苦行のように思われた。
 二人組の男。一人はネクタイを締めたビジネスマン風、もう一人は、アロハシャツに派手なネックレスをチャラチャラさせたチンピラ然とした男。二人に続いてエレベーターに乗る。ビジネスマン風の男が七階のボタンを押した。『キター!』と倫也はエレベーターの隅でガッツポーズをする。
 エレベーターの扉が開くと、ビジネスマン風の男が鍵を取り出し、エレベーターの外の扉を開けた。倫也も二人に続いた。やはり誰に見咎められることがない。
 トモナリの世界線での倫也は、特別なことをしなければ空気のような存在だ。ただ立っているだけ、座っているだけ、歩いているだけなら、他人の目に留まることがない。自動販売機を蹴っ飛ばしたり、人に声を掛けたり、近くであからさまに撮影したり、目立つ行為をしなければ、この世界線の人たちに存在が気づかれることはない。例外は、倫也や青の男と同じように、世界線を行き来する者だけだ。
 事務所の中には、五、六人ほどの男がいる。でっぷりと太った男が、窓を背にして大きな机を前に座っている。チンピラ然とした男は部屋の隅にある応接用のソファに座る。倫也は太った男から少し離れた柱の陰に隠れるようにして、部屋の様子を窺う。
 ビジネスマン風の男は、窓を背にした太った男の席に向かい、その前に立った。
「百川の件は、少し手間取ってます。」
(こいつらが百川をどうにかしようとしているのは間違いない!)
それを聞くと太った男は、
「本国から責っ付かれてるんだ。早く片付けろよ。」
と厳しい視線ときつい口調で目の前の男に言った。
(本国とは大陸の国か。)
「で、肝心のトムとジェリーはどうしてる。」
(トムとジェリー? いったい、誰のことだ。畠川と臼板のことか?)
 トムとジェリーは、昔のアメリカのアニメーション。病院の待合室で子供が待つのに飽きることがないように、そのDVDが繰り返し再生されている。倫也も小さな頃に何度か見た覚えがある。
「今、祭りに出てる最中だと思います。」
(違う! 畠川と臼板が祭りに出ているはずがない!)
「気楽なもんだな。」
「親密な交流や意見交換は大切だと思います。」
「まあ、とにかくだ。既に金は渡してあるんだ。早く進めてもらわないとな。」
「わかりました。伝えておきます。」
 そう言ったあと、ビジネスマン風の男はソファにどさっと腰を下ろした。
 『トムとジェリー』が誰を指しているのか、倫也は懸命に考えた。そして……閃いた。
「思い出したぞ! あの男は……」
 思わず倫也は大声を出した。
(しまった!)
 部屋中の男たちの視線が倫也に向いていた。
「きさま、なにもんだ? どこから入ってきた?」
 チンピラ然とした男がソファから立ち上がり、倫也に近づいてくる。他の男たちも倫也を取り囲むように近づいてくる。
(逃げ道は……。)
 エレベーターへの通路は塞がれた。塞がれなかったとしても、エレベーターで逃げられるほどの時間はない。倫也はジリジリと後ずさる。エレベーターの反対側が非常口になっていた。倫也は小走りに非常口へ向かう。チンピラ然とした男がゆっくりと獲物を狙うように倫也を追いかける。倫也はドアノブを回す。ドアノブはかろうじて回った。しかし、押しても非常口の扉は開かない。男が迫ってくる。倫也は思い切りドアに体をぶつける。開いた。だが、男に法被の衿を掴まれる。それを振り切ろうともがいた瞬間、倫也は男もろとも非常階段の手すりを越えて落ちていった。

(十八)

 恋した相手といっしょに過ごす祭りの時間は、実音にとって格別なものになるはずだった。しかし、いつとは知れずに別の世界に跳んでいってしまい、その相手がそばにいない時間はとても切なかった。そして、いつ戻ってくるのかわからないまま、一人で過ごす時間はとても不安だった。
 数時間前、神輿の奉納が終わった。その時から、神輿の担ぎ手たちも支援役の者たちも自由な時間となる。年配者は神社の斎館で慰労会に参加する者が多いが、若い者たちは慰労会より出店や屋台を楽しみにしている。勇雄と朱莉は気を遣ってくれて、実音と倫也を二人にしてくれた。
 明日、実音は名古屋へ帰ることになっている。名古屋に戻っても、倫也とは会うことができるだろう。けれど、実音にとって百川はありふれた場所ではなく、百川の祭りはめったに経験できるものでもない。今夜は特別な夜なのだ。百川に来る前は、百川の祭りを楽しみにしていた。そして、期待していた以上に楽しかった。倫也との出会いがあった。神輿を修理するという今年限りの特別な事情もあった。
 法被姿のまま、二人で手をつないで出店を見て回る。倫也の法被姿を名古屋で見ることはあるだろうか。そんな姿で誰に臆することなく歩くことができるのは、祭りという非日常的な時間と特別な場所のおかげだ。だから、実音は飛高の朝市の時よりもずっと心がときめいた。
 百川に来て知った顔も増えたが、見知らぬ人の方が圧倒的に多い。だから、同級生に見られてばつの悪い思いをすることもない。そんな開放感がまた実音の気持ちを昂ぶらせた。
 ヨーヨー風船釣りを見つけた。一つは必ず釣ることができるようになっている。肝心なのは二個目だ。しかし、こよりが水に濡れてしまい残念ながら二個目を取ることができない。「じゃあ、僕が」と言って倫也も挑戦するが、結果は同じ。二人で一個ずつのヨーヨー風船を、バシバシと音をさせながら歩く。
 大してかわいくもないのに、少女戦士のお面を買った。普段なら手に取りもしないつまらない物だが、祭りという特別な時間が無用のガラクタまでかわいく見せるのだろうか。倫也はそれに付き合って仕方なく、五人戦隊のお面を買う。でも顔の前に被ると視界が悪い。だから、二人とも後ろに向け面を付けて歩いた。
 赤を基調とした色とりどりの金魚が、水槽の中で電灯に照り映える。ちょろちょろと楽しげに颯爽と泳いでいる。プラスチック枠に薄い和紙を貼った『ポイ』を右手に、お椀を左手に持って、金魚すくいに挑む。一匹は何とかすくったが、もう既に水に濡れた和紙は破れ放題だ。倫也も挑戦する。倫也はポイで水槽の中の金魚を追う。しかし豪快に動かしすぎて、一匹目をすくう前に和紙は全滅していた。金魚屋は巾着状のポリ袋をくれたが、実音は水槽に金魚を戻す。家に持ち帰っても死なせてしまうだけだからだ。
 倫也は輪投げに挑戦する。キャラメルやチョコレート、ポテトチップスなどの箱詰めのお菓子やキャラクターのフィギュアなどが適当な間隔で並べられている。何が欲しいわけでもないが、輪投げに挑戦することに意義がある、と倫也は言う。しかし倫也は景品に輪をかけることができない。ムキになって何度も挑戦しようとする。そんな様子は、まるで子供だ。自分の弟とあまり変わらない。男の子っていくつになってもこんな感じなのか、と実音はほほえましく思う。
 腹ごしらえにお好み焼きとドーナツを買う。それと冷たいソーダとオレンジジュースを買って、休憩用のテーブルを二人で陣取った。ドーナッツを半分に割って、一つは自分に、もう片方を倫也の口まで持っていく。倫也はちょっと躊躇する様子を見せたが、実音が手に持ったままのドーナツをそのまま口にくわえた。
 前日まで、倫也は昼頃にもう一つの世界線へ跳んでいた。しかし今日は、もう夕方近くになるというのに、倫也はずっとそばにいる。跳ばない日もあること、そしてこんな楽しい日にずっと一緒にいられることが、実音は嬉しかった。本当にこれ以上ないほどの幸せな時間だと心から思った。それなのに……。ドーナツを食べ終え、オレンジジュースを飲んでいるときだった。倫也の姿が消えていた。
 倫也が跳んでいってしまったことがひどく悲しく、それまでの楽しかった時間がなおいっそう寂しさを募らせる。まるで、天国から地獄へと落とされた気分だ。
 いつ戻ってくるのかはわからない。けど、戻ってくる場所はいつも同じ。飛ぶ前にいた場所に戻ってくる。だから、実音は、倫也が消えた場所でずっと座って待つことしかできない。どれくらい待てば戻ってくるのだろうか。いつも不安に思っている。不安を感じてばかりいると、もう戻ってこないんじゃないか、とさらに悪い考えが頭をよぎるようになる。悪循環だ。そうすると、実音は泣きそうな思いで頭がいっぱいになる。
「君は百川の人じゃないよね。」
 俯いていた実音に話しかける男性の声がした。
「えっ?」
と言って実音が顔を上げると、一人の男性が実音を見ていた。クールビズが推奨される昨今であるのに、そして祭りの最中だというのにネクタイを締めている。
「いや、百川の法被を着ているけどね、百川の住民ではないね。」
男性は人当たりのよい笑顔を見せる。
「あっ、はい。違います。」
百川の住民を全員知っているのだろうか、と実音は怪訝に思う。
「あぁ、名古屋の人だね。そんな雰囲気がしますね。」
「あの、あなたは?」と実音が訊いたが、男性はその質問には答えず、
「百川の祭りを充分に楽しんで下さいね。今日が最後ですから。」
と寂しげな笑顔で言って、実音のそばから去って行った。どこかで見た顔だが、誰だったかを実音は思い出せなかった。
 そのあとしばらく実音は寂しく倫也が戻ってくるのを待っていた。すると見かねたように、朱莉たち三人が心配してそばにきてくれた。心配させてしまってとても申し訳なく思う。でも、正直に話すことはやはりできなかった。

 吊り下げられた電灯の明るさが際立ち始めた頃だった。実音の足元で、ドサッと音がした。足元を見ると、倫也が俯せで倒れている。倫也が戻ってきた嬉しさと、怪我なく無事であるかどうかの思いが、実音の中で錯綜する。
 倫也の法被の衿が綻びていた。
「大丈夫、トモくん。」
と実音はしゃがんで声をかける。倫也は立ち上がって椅子に腰掛けると、
「危なかったあ。」
と言って大きく息を吐いた。
「怪我はない?」
と実音は倫也の体を見回した。
「ギリ、大丈夫。殴られることもなかった!」
と倫也は元気に返事をした。
 非常階段の手すりを超えたあと、倫也は落ちていく浮遊感を感じたと言う。本当に落ちているのだから当たり前だ。しかし、目の前に下の階の踊り場が迫ってきて万事休すと覚悟したとき、元の世界線に戻ったのだった。
「そんなことより、あの『男』の正体がわかった!」
と言う倫也の表情は喜々としている。
「えっ!」
「いや、まだはっきりとしたわけじゃないけど、どこで見かけたかを思い出した。」
 倫也は、今回のトモナリの世界線での出来事を実音に話す。
「そのいっしょに落ちた人は大丈夫なのかな。」と実音が顔を曇らせる。
「心配するのって、そこ?」
と倫也は少し呆気にとられて目を丸くした。
「『トムとジェリー』ってどういう意味? 私もアニメは知ってるよ。小さい頃お医者さんの待合室でよく見てたもん。」
 トムとジェリーの意味がわからず、実音は首を傾げる。
「トムとジェリー、つまりネコとネズミ……、ネズミは根住議員のことだと思う。」
「えぇ、そうなのかなあ……」
と実音は倫也の考えに不満そうだ。
「じゃあ、ネコは?」
「ネコは……まだわからないけど……。でも根住議員で思い出したんだ。あの『男』をどこで見たかを。あいつは根住議員の秘書だ。」
倫也がそう言うと、実音も「あっ!」と大きな声を出した。
「さっき、私の所に来た人! あの人だ!」
 それを聞いて倫也は心配になり、実音の手を握る。
「大丈夫だった? 何もなかった?」
「大丈夫。『名古屋の人だよね』って言われただけ。」
 しかし、倫也は心配する表情のままだった。
 いつのまにか、朱莉たち三人がそばに来ていた。
「あらあら、仲がよろしいことで……」
 朱莉にからかうように言われて、倫也は咄嗟に実音の手を離す。
「お前、実音ちゃんをほったらかしにして、どこ行ってたんだ?」
と勇雄に訊かれたが、それには答えず
「根住議員の男性秘書の名前を知ってますか。」
と倫也は正隆に訊いた。
「確か……猫田ねこたさんだ。猫田……健介けんすけさんだったかな。」
 秘書の苗字が『猫田』と判明して、倫也は喜々として声を上げた。
「トムとジェリーだ! つながった!」
 実音と倫也は立ち上がって、ハイタッチをした。正隆、勇雄、朱莉は意味がわからず、踊るように喜んでいる二人を目を丸くして見る。三人に気づいて、倫也は
「あの男の人をどこで見たのかを思いだしたんです。」
 壊された神輿を初めて集会所まで見に行ったとき、根住議員についてきた猫田を見たと倫也は言う。
「そして間違いなく、畠川に廃校の破壊を指示した男は、猫田だ。」
「まさか……。」
と宗隆は、にわかには信じられない。
「それから、大陸の国に土地を不正に斡旋しているのは、根住議員だと思う。お金をもらっているはず。」
 三人は絶句し、驚愕の表情を見せた。
「それって、軽々しく口にできる話題じゃないよ。」
と宗隆が言った。
 三人はいろいろ話し合った末、一雄や六橋など主だった住民に内密に連絡すると決めた。さらに朱莉は、知り合いの新聞記者に詳細な調査を頼んでみると言った。そして慌ただしく、倫也と実音のそばから去って行った。
 残された二人は、安堵して放心したように黙っていた。しばらくしてから、倫也がぽつりと言う。
「ぶっちゃけ言えば、神輿や廃校の破壊や百川の土地の不正売買も、直接的には僕らに関係ないよね。」
「そうなんだけど……」
と実音は適切な返事が浮かばず、言葉を濁した。
「もちろん、百川は僕にとって大事な田舎だ。大好きな場所だ。でも、だから、何をどうすればいいんだろう、今の僕に何ができるんだろう……。」
 倫也もそれ以上の言葉が出てこなかった。しかし、倫也の顔には悔しさと無念さが滲み出ていた。
「あとは百川の人たちがやってくれるよ。自分たちの町だもん。」
と言って、実音は倫也の手を握りしめた。

 もう百川の祭りも終わりに近い。参道を行き交う人の数は少なくなり、出店や屋台も片付けを始めた。その慌ただしさが一段落すると、上に吊り下げられていた多くの電灯が消されていく。神社の境内を照らすのは、灯籠のおぼろげな明かりだけとなっていく。実音は倫也と手をつなぎながら、ゆっくりと参道を下った。
 しばらくすると、百川の河原から花火が上がり始めた。少し豪勢なこの打ち上げ花火が百川の祭りの最後を飾る。二人は立ち止まって、時折明るく輝く空を眺めた。一段と大きな花火が打ち上げられた。その見事な輝きが祭りの終わりを告げていた。あちこちから拍手が起こり、そして人々はそれぞれの家路に着いた。実音も歩き出そうとするが、倫也に手を引っ張られる。倫也は何も言わず実音を抱きしめる。実音が目を瞑ると、実音の唇に倫也の唇がおずおずと重なった。

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鳴島立雄
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