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【連載小説】あの時、僕は二人になった[8/10](7130字/総約8万字)

【2022年ポプラ社小説新人賞の(問答無用の)落選作】
 登場する人物および名称は、すべて架空のものであり、実在するものと一切関係有りません。
 また、差別的と感じたり公序良俗に反すると思われる記述がありましたらお知らせ下さい。

(十五)

 倫也は実音に詳細を話したが、一雄や勇雄、百川の人たちには何も話すことができなかった。ハタケガワに指図している男にどうやって出会ったのか、いつ出会ったのか、知っていたならなぜ早く言わなかったのか。今回は写真や動画がないから、あの男のことを説明できる材料がない。世界線を跳んだから、とは説明できるわけがない。唯一の手がかりは、今夜、廃校で破壊行為をするはずのハタケガワだけだ。ハタケガワを捕まえ、ハタケガワを問い詰めて、あの男の正体を白状させるしかなかった。

 祭りの準備のため、集会所には中萱集落の住民が集まっていた。倫也、勇雄、朱莉、実音も集会所で準備をすることになっていた。祭りの準備や神輿の見張り番と称して、例年、集会所で飲み明かす人もいるらしい。しかし今日は、それだけが理由ではなかった。廃校で不審者が破壊行為をするかも知れないという情報が、もう一つの理由だった。
 百川の人々は、廃校を守るための対策を講じる必要があった。
「確かになあ、日本中で、廃墟に入り込んでいたずらをする奴はいるけどなあ、それを警戒するってのは、」
「なんで、今日の夜にそういう奴が現れるってわかったんだ。」
 倫也が、自分のスマホの動画をみんなに見せる。
「そのハタケガワって奴が神輿も壊したわけだよなあ。だから、廃校を警戒するだけではなく、そのハタケガワって奴を捕まえるんだよな。たとえ、廃校で破壊行為をしていなくても、とっちめてやる理由はある。いや、侵入しただけでも充分だな。」
「でもこれじゃあ、何時に来るかわからんな。明日は祭りだというに、徹夜で警戒するわけにゃいかんやろ。」
 あれやこれやとみんなが意見している中、一雄が提案する。
「不審者の警戒は十時を限度としましょう。それ以上は駐在さんや警察に任せて、我々は家に帰って明日のために英気を養うことにしましょう。もちろん、何人かはここの休憩室で仮眠を取ることもできる。」
 廃校は集会所から程近い。走れば五分ほどで着く。しかし、廃校で見張っていた方が確実だ。駐在警察官と応援の警察官、地区の関係者を代表して六橋の三人が廃校の一室で見張ることになった。何か事件が起きた場合には、六橋が電話連絡することとした。
 言い出しっぺである倫也は、廃校の見張り場所まで自分も行くと主張したかった。ハタケガワと直接顔を会わせているから、と言いたかったが、それでは倫也の情報の辻褄が合わなくなる。たとえハタケガワを知っているとしても、高校生を、それも百川の住民でもない少年を、何か事件が起こるかも知れない現場に連れて行くわけにはいかなかった。ハタケガワが一人で来るとは限らないからなおさらだ。
 九時を過ぎた。祭りの準備はもうほとんどやることがない。あとは明日の本番を待つだけの状態だった。住民にとって、百川の祭りを邪魔する者や百川に嫌がらせをする輩は、看過できない存在だ。できれば、自分たちの手で不審者を捕まえたい。その目的のために集会所で待っていられるのはあと一時間ほどだ。待つだけの身にとって一時間はとても長い。しかしそれでも十時を過ぎたら、あとは警察に任せるしかない。
 今の倫也は、あと一時間しかないとの思いが強かった。時間の経過がとても速く感じられた。十時までにハタケガワが現れなかったら、ハタケガワを捕まえる機会を逸してしまい、あの黒幕の男に辿りつく機会も逃してしまう気がしていた。百川の祭りを妨害する理由もわからないままだ。
 しかし、十時が近づくにつれて、倫也は確信を持てなくなってきた。もし、現れなかったら、どうしよう。直接的に非難を浴びることはないだろうが、自分の言動を信じてもらえなくなることが心配だった。いい加減な情報で、百川の住民を引っかき回したことになり、狼少年というレッテルを貼られるかも知れないと、倫也は不安に苛まれた。
 十時を過ぎた。しかし、六橋からの連絡はない。
「さて、刻限が過ぎたな。」
 腕を組み、壁の時計をじっと見ていた一雄がため息交じりに言った。他の住民たちは、やれやれ、といった表情で立ち上がった。誰かの「何もなくてよかった。」という言葉にはトゲがあった。
 多くの住民は集会所を出て、数人が見張り番と称して休憩室に向かった。集会室に残されたのは、倫也たち四人、そして一雄と宗隆だった。倫也は、スチールパイプの椅子に座ったまま俯き、動けないでいた。実音は倫也のそばに座り、倫也の手に自分の手を添えていた。勇雄たちは倫也が立ち上がるのを待っている。敢えて慰めの言葉を掛けないでもらえることが、倫也はありがたかった。
 十分ほど過ぎたとき、一雄の携帯電話がなった。
「銀次からだ。」
とみんなを見回してから電話に出た。
「取り押さえたぞ!」
電話の向こうの六橋の声は割れんばかりだった。一雄は思わず携帯電話を耳から離し、苦笑いをする。
「よっしゃあ!」
と勇雄が叫んだ。倫也は顔を上げ、安堵の表情を見せる。その目は微かに潤んでいた。
「器物損壊で現行犯逮捕だ。今、駐在所まで連行している!」と六橋。
「わかった!」と一雄。
 そこにいた全員が、声を上げながらハイタッチをする。実音も倫也に掌を向け、倫也は気恥ずかしそうにそれに掌を合わせた。

 倫也、勇雄、宗隆が駐在所に向かった。六橋に聞いたところによると、十時少し前に二人が現れ、玄関のガラスを割って侵入したところで取り押さえたとのことだった。
「ガラス一枚割っただけじゃねえか!」
 喚いている声が聞こえてきた。駐在所の奥の部屋からのようだが、駐在所の事務室にいてもはっきりと聞き取れるほどだった。そしてその声は、確かにハタケガワの声だと倫也は思った。
「充分、器物損壊罪なのだよ。」
と、駐在が取り調べをしている。
「君らには、御神輿を壊した疑いもかかっている。」
「御神輿を壊した? は、なんだそりゃ?」
と言った声に聞き覚えはなかった。どうやら二人組らしい。
 応援の警官が二人の詳細を教えてくれた。
 畠川はたけがわ渡夢とむ、二十六歳。臼板光三うすいたこうぞう、二十四歳。二人とも、現住所は名古屋市、職業不詳。名古屋を拠点とした半グレグループの一員であることがわかっている。
「誰に頼まれた?」
「別に。」
「じゃあ、名古屋に住んでいるお前らが、なんで百川まで来た。」
「廃校があるのを聞いたからな。日頃の憂さ晴らしに来たんだよ。」
「お前ら、百川に縁もゆかりもないだろう。なぜこの廃校を壊しにきたんだ。」
「だからよお、憂さ晴らしだよ。この辺なら、警戒も緩いだろうと思ってな。」
「神輿を壊したのもお前らだな。」
「神輿だぁ。なんだぁ。知らねえなあ。」
「神輿に残されていた指紋と照合すれば、わかることなんだよ。」
 神輿の指紋を採取したのだろうか。もし採取してないとすると、もうきれいに掃除しているから、今から取ることはできない。
「お前らが、廃校を壊しに来ると話している映像があるんだよ。神輿も壊したってお前自身が話している映像もな。」
「はあ、何言ってんの、おっさん。そんなのがあるんなら、見せてもらいたいねえ。」
 駐在は倫也が記録した映像を、畠川たちに見せたようだ。
「なんでこんなものが……。」
 畠川たちの反発する声が小さくなった。
「ところで、この男は何者だ。」
「弁護士を呼べ! 弁護士! それまで何もしゃべらねえからな。」
 そう叫んでから、畠川は一切話をしなくなった。そして、本格的に取り調べを行うため、二人は飛高署へ移送された。
 彼らがあの男の正体を口を割らなければ、神輿破壊の事件も、廃校を壊しに来た真意もわからないままだ。倫也はもどかしさにうなり声を上げそうになった。しかし今はそんな思いを振り払って、明日の祭りを、神輿を担ぐことを楽しみにしようと自分に言い聞かせたのだった。

(十六)

 神輿は集会所を昼過ぎに出発した。集会所から百川神社までの距離はさほどでもないが、途中、中萱集落を隈無く回っていく。途中の休憩所で担ぎ手は交代しながら、神輿を担ぎ、かけ声を上げながら中萱集落を練り歩いた。交代休憩も含め、神社に到着するまで一時間程度を要する道のりだ。真夏の最も暑い時間帯。担ぎ手たちには、景気づけと暑さ対策を兼ねて時折水が掛けられる。
 住民が多いところでは、「ワッショイ!ワッショイ!」と一際ひときわ大きなかけ声を上げ、神輿を何度も高く差し上げる。各家からは、神社への奉納物や初穂料を預かる。もちろん、担ぎ手たちの慰労を込めた差し入れもある。
 小さな子供たちが、神輿の後ろを付いていく。一緒になって神輿を担いだ気になって、声を上げている子もいれば、親に隠れて怖々と遠くから眺めているだけの子もいる。この子たちが百川に残ってくれれば、いずれは担ぎ手となって祭りを盛り上げてくれるだろう。百川が活気を取り戻すことを望み、百川に骨を埋める気でいる宗隆は、この子たちが百川で暮らしていけるような環境を整えたい、この伝統をなんとかしてつないでいきたいと思っている。
 実音は、担ぎ手と声を合わせて、「ワッショイ!ワッショイ!」と懸命に声を上げていた。百川の住民でもないのに、懸命に祭りを盛り上げよう、楽しい祭りにしようという行動に、宗隆は頭が下がる思いだった。
 朱莉も同じようにかけ声を合わせながら、他の控えの担ぎ手とともに、神輿が倒れないか、担ぎ手が怪我をしないかに注意を払っていた。時には、神輿がバランスを崩さないように手を貸したりもした。
 最初の休憩所に着いた。宗隆も勇雄も倫也もそして他の担ぎ手も、吹き出した汗と水とで全身がずぶ濡れだった。特に先頭を務める宗隆と勇雄の疲れは相当なものだ。二人とも肩で息をしている。神輿のサポート役からスポーツドリンクを受け取り、二人とも一気に飲み干した。まるで、砂地へ水を流すかのようでもある。しかし、水を得た魚とまではいかないが、担ぎ手たちは少し元気を取り戻す。
 年配者の何人かがこの休憩所で交代する。倫也もここで交代した。倫也の位置には朱莉が入った。神社への道のりはまだ半分だ。疲れているし、神輿の重さがのしかかるから肩が痛い。しかし、弱音を吐くほどでもないし、交代したいほどでもない。俺が百川一の神輿の担ぎ手だ、という気概が宗隆にはある。だから、交代しろと言われても、その気は全く無かった。
「さあ、もうひと頑張り!」
 六橋の声に担ぎ手たちが呼応して「よっしゃあ」と気合いを入れ、神輿を担ぎ上げる。百川神社を目指し、再び神輿を漕ぎ出した。
 
 百川神社の境内には、旧百川村の六つの集落のすべての神輿が到着していた。奉納の神事を待つばかりとなっていて、関係者の多くは斎館で休憩している。中萱集落を代表して拝殿でお祓いを受けるのは宗隆と六橋。拝殿前の参道脇に並べられた神輿のそばには、勇雄や朱莉の他、担ぎ手たち。倫也も実音も勇雄たちといっしょに神輿のそばで待機した。しかし、奉納の氏子代表を務める、県会議員の根住の到着が遅れていた。
 拝殿内で待機していた宗隆は、根住の迎えのため、神社裏手の駐車場へ行かされた。年齢的には若手だから、使いっ走りをさせられるのは仕方がないが、宗隆の表情は、疲れているのに面倒くさい、という思いがあからさまだった。
 三十分ほど遅れて根住が到着した。時代錯誤の黒塗りのセダン。車が停車すると、助手席に乗っていた秘書が素早く降り、後部座席のドアを開ける。根住が悠然とした表情で降り立ち拝殿へ向かった。宗隆は、根住と秘書を連れて正面から拝殿に入った。

 奉納の神事が終わると、祭りを彩る夜の部が始まる。拝殿内にいた関係者や、拝殿の外にいた担ぎ手たちは、特に年配者を中心に斎館へ向かった。百川神社の氏子の代表や関係者は、根住も含めて、慰労会、つまり祭りを出汁だしにした酒宴に参加する。
 まだ、日が沈むまでには時間があったが、境内の参道脇のあちこちでもうすでに出店の準備が整えられていた。まだ、商品台を組み立てている者もいたが、準備を終え商いを始めている屋台もあった。
 宗隆はこの雰囲気が好きだった。参道の上にぶどう棚のように吊るし紐が張り巡らされている。参道に沿って二列に提灯が吊り下げられ、参道上や参道脇の広いスペースには、多くの電球が吊り下げられている。日が沈み黄昏時を過ぎると、その電球が明るさを増してくる。その頃には、多くの地元の住民が百川神社に足を運び、少しは観光客も集まる。昔の裸電球は、祭りの華やかさの中におぼろげな妖しさを醸し出していた。その光の届きにくい暗い場所には物の怪や霊が潜み、手ぐすね引いて待っているような気配があった。そんな暗闇に足を踏み入れると、黄泉の国とまでは言わないけれど、どこか見も知らぬ異界へと連れ去られてしまうのではないかという微かな恐さがあった。
 今は、提灯の中の電球もLEDに取って代わられている。大人になってからは暗闇がそれほど恐いわけでもないし、より明るいLED照明によって不気味な妖しさが薄らいでしまった。それでも、出店や屋台の裏側は陰となって光が届きにくい。祭りの華やかさと明かりが届かない場所の妖しさのコントラストには、子供の頃を思い出して、大人となった今でも鳥肌が立つような気がする。
 隣りに気が置けない女性がいれば、もっと楽しいのになあ、と宗隆は思う。だからと言って、斎館で宴会に参加するのも、そんな年寄りじゃねえ、って気概もある。
「宗隆さん、いっしょに行きませんか?」
と誘ってくれたのは、勇雄と朱莉だった。
(一人で巡るよりは、ずっとマシか!)
 宗隆は二人の言葉に甘えることにした。
 水飴をアンズの果肉に巻き、氷で冷やして固められたアンズ飴、梅ジャムせんべいや麩菓子などの駄菓子売り、綿飴、鶏の唐揚げに焼き鳥、牛串、いか焼き、焼きトウモロコシ、お好み焼きに焼きそば、たこ焼き。真夏の祭りにはアイスクリームよりアイスキャンディやかき氷が似合う。食べ物を売る出店はもちろん多い。ドーナツなんかは割と新しい方の食べ物だ。りんご飴は、数ある果物の中でなぜりんごなんだろう、と子供の頃から疑問に思っていたが、調べていないから大人になった今でも理由を知らない。金魚すくい、ヨーヨー風船釣り、塩ビ製のキャラクターのお面も昔なじみだ。射的やスロット、輪投げ、くじなどで景品が当たる店。大した景品はないのに、何百円も何千円も使ってしまった覚えがある。そう言えば、売ってるくじを全部買っても一等が当たらない、という詐欺まがいの行為を伝える新聞記事もあったっけ。鉢に植えられた観葉植物や花、飛高の民芸品などが売られているのを見ると 、飛高の朝市かと見紛うほどだ。
 華やかな祭りの参道を一人で歩くのは寂しいが、心やすい友人とともに出店や屋台を見て回るのはとてもワクワクし、童心に帰ることができる。祭りというのは、非日常であり、それ自体が異界のようだ。宗隆にとっては百川の大事な原風景の一つだ。これを妨害しようというのはいったいどんな奴なのか、どんな理由があるのか。
「あれ、実音、一人なの?」
 朱莉の声に、宗隆は我に返った。見ると、休憩場所のテーブル席に一人ぽつねんと座っている実音が目に入った。何だかとても寂しげな表情を見せている。
「えっ!」と驚いたように、実音は三人を見る。
「あっ、ううん、トモくんといっしょだよ。」
と実音はわざとらしい笑顔を見せた。
「トモは?」と勇雄が訊くと、
「えっとぉ……、今、ちょっとトイレ……かな。」
と答える実音を見て、朱莉は心配そうな顔になった。テーブルの上の空席の前に、食べかけのお好み焼きと飲みかけのソーダがあった。しかし、見るからにお好み焼きは冷え切っており、透明なプラスチックカップの中の氷は溶けきっていた。
「あいつ、しょっちゅういなくなるな。実音ちゃんをひとりぼっちにして!」
と勇雄が語気を荒らげると、
「大丈夫です。しばらくしたら戻ってくると思います。絶対大丈夫!」
と元気よく言った。宗隆には空元気のように思えた。
「それより、さっきトモくんに聞いた大事な話があるんです。」と実音が言った。
 三人は聞き耳を立てるように顔を近づけた。
「あの男が拝殿の中にいたらしいんです。」
 実音が言うあの男とは、倫也の撮った動画に声だけ出てくる男のことだった。
「拝殿の中は暗いので、服装はわからなかったみたいです。ちらっとだけど目が合った、とか言ってました。」
 実音の話によれば、倫也が拝殿前から中の様子を見ていると、ちらっと視線が合う者がいたらしい。懸命に目を凝らして見ると、畠川と一緒にいたあの男の顔だった。しかし、男はすぐに倫也の視線からいなくなり、服装も確認できなかった。奉納の神事が終わったあとは、人に紛れてしまって確認できなかったと言う。
「そんな大事なこと……なんで早く言わなかったんだ。」と勇雄。
「確信がなかったからみたいです。」
「で、その肝心なトモはどこに行ったんだ。」
「戻ってきたら、皆さんに話すように言います。」
そう言う実音の声は消え入りそうだ。
 宗隆はしばらく考え倦ねていたが、
「まあ、実行犯は捕まってるし、今日何かあるというわけでもなさそうなら……。」
と言って席を立った。
「トモくんが戻ってきたら、すぐ連絡します。だから、皆さんは祭りを楽しんで下さい。」
 宗隆はもちろん、勇雄も朱莉もなんだか倫也と実音が気がかりだった。特に朱莉は実音を心配していたが、実音が、すぐに連絡しますから、と何度も言うので仕方なくその場を離れることにした。

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鳴島立雄
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