【掌編小説】運命の人(1138字)
杜山はある朝、小指に赤い糸が結ばれていることに気づいた。ほどいて取ろうとしても取ることができない。だからと言って、杜山の行動の邪魔になるわけでもない。糸の先は玄関の方へ伸びていた。扉のところまで来ると、その扉を突き抜けるように外へつながっている。宙に浮いた状態、かと言って、ずっと真っ直ぐなわけでもなく、杜山が歩ける方向に曲がっている。折り返しの階段であれば、その進路に沿って糸も曲がっている。
(ははーん、もしかすると、これが運命の人と結ばれているという赤い糸か。)
杜山はもうすぐ40歳に届こうという年齢であったが、そんな乙女チックな思いにとらわれた。早く結婚したいと思いながら40歳になるまで独身男でいる杜山にとっては、そんな想像上の話もすがってみたい藁であった。杜山は早速、赤い糸をたどり、運命の人を捜すことにした。
その赤い糸を辿っていくと、大きな美術館につながっていた。その美術館では、世界的に貴重な絵画の公開が始まっていた。初日とあって人でごった返していたため、仕方が無く杜山は美術館の外で待つことにした。絵画を見に来た客の中に赤い糸がつながっった人がいるなら、人混みの中で捜すより外で待っていた方がわかりやすいだろう。美術館の職員であるなら、閉館してからの方が都合がいいだろう。待っている間に、杜山はいろいろ考えていた。
(どういうふうに声をかけようか。運命の人が女性とは限らないと言われるが、もし男だったらどうしよう。私の恋愛対象は女性だからなあ。同世代の人であったら最高だが、親よりも年上だったらどうしよう。)
閉館時刻に近くなっても、赤い糸がつながった人は出てこない。人混みも減ってきた。杜山は意を決して美術館に入ることにした。展示の目玉である絵の前には、まだ多くの人々がいた。赤い糸はそちらの方につながっている。
展示の目玉である絵の周りは、厳重な警戒が敷かれていた。二人の警備員が両側に立ち、絵は強化ガラスでおおわれている。杜山はその絵の前に立った。一人の女性が微笑みながら座っている絵だ。素晴らしい名画とされている。杜山は絵画に造詣がないが、その絵ぐらいは写真などで見たことがある。
驚いたことに、赤い糸はその絵に描かれている女性の指につながっていた。
杜山は魅せられたようにその絵に近づく。当然ながら警備員が近寄り、杜山を捕まえようとする。美術館内中に警報が鳴り響いた。杜山は警備員を振り払うと、勢いよくガラスに向かって突進していった。
その絵には、不思議な微笑みをたたえる女性が大きく描かれている。そして、その女性の後ろで女性を抱きかかえるようにして、女性が重ねている手に自分の手を重ねている、幸せそうな顔の杜山の姿が見事に描かれていた。