すべて重荷を負うて苦労している者は‥
「一旦休もう」路瑠はそんなことを思っていました。
実家は何も言わずに、わたしが帰ってくることを受け入れてくれました。
路瑠の大変な状況を薄々気付いていて、励ますつもりで
「頑張れ」と父は声をかけてきたましたが‥
その心遣いがとても嬉しかったけれど‥
「人一倍頑張っているのに何をこれ以上頑張ればいいの‥
これ以上は頑張れないよ!!」とうつ伏して
「あ”ぁー」と号泣しました‥。
それ以来、父も母もわたしには何も言えなくなりました‥。
もう姉も弟も独立していない実家‥わたしは一つ部屋を使わせてもらいました。
これから一体どうしよう?
実は、父と母も昔色々ありまして‥実家にいると母の昔の恋人から変な電話がかかってくるのです‥。
家の電話が鳴り受話器をとると
「ゆうこさんだよね」と受話器の向側の声
わたしが「違いますよ」と答えても
「いやゆうこさんだ、声がゆうこさんだ」としつこく
しゃべりかけてくる電話‥
カーテンを開けると遠くの方に知らない人影‥ああ全くこの家は‥。
昔の電話は番号通知もなかったから受話器を取らない訳にはいかない‥
日によっては何度もかかってくる電話‥母とわたしを間違えている男の人の声。
仕方がない‥仕事を探そう‥
いつまでも布団に潜って泣いている訳にもいかない‥わたしは重たい腰をあげて
求人雑誌を開いて、仕事を探し始めることにしました‥。
何をするのか迷ったけれど、保育の仕事だけは選ばない
こんな暗い面持ちで、屈託のない子ども達と関わって過ごすことは絶対に
無理!!
今のわたしには辛すぎる‥。
もっと人と人が一定期間の関わりで通り過ぎていくような
そんな仕事なら出来るかもしれない‥。
本当は心の傷をゆっくり癒したかったけれど‥わたしは
もがきながら‥なんとか動き出そうとして必死でした‥。
幸い、バスで通える歯科助手の仕事に採用が決まりました。
歯科医院に勤めるのは初めてで、すべてが1から覚えることばかり
患者様は歯の不調を治してもらいたいと願って時間を予約してわざわざ
来て下さっている大切なお客様。
失礼がないようにと懸命に覚えた歯科の仕事
仕事の手順も歯科用語も扱う器具も何もかも初めてのことばかり‥それが
今のわたしには逆によかった
慣れない仕事っだから必死に集中し一日が終わる頃には
頭も身体もクタクタになる‥。
気がつくともう、涙を流す日々もなくなって‥
朝から晩まで働いて体も心もくたくたになるわたし‥
家路に向かう帰りのバスの中、左側の車窓の景色、目に映る教会の看板
『すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。
あなたがたを休ませてあげよう』
マタイの福音書11章28節
仕事の帰りにいつも目にする教会の呼び込み看板‥
「わたしも重荷を下ろして‥休めるのだろうか‥。」
結婚してすぐに、夫の実家の事業が多額の借金を抱えることに
わたしも義父と一緒に金融機関に交渉に行くなどして必死に立て直そうと努力したけれど‥夫の家族の絆がバラバラと崩れていくなか‥「もうわたしが何とかしようなんて無理なんだ‥」と逃げるように実家に帰ってきたわたし
夫はなんて思っていいるだろう‥
「ちょっと実家に遊びに行くね」と言ったきり
ずっと帰らないわたしのことを‥。
わたしが居ない間どうやって暮らしているんだろう?
働けどほとんど事業の借金で消えていく給料で‥。
電話の受話器を取りながら、悩んで悩んで悩み抜いて久しぶりに連絡をとると‥受話器の向こうはいつもと変わらない優しい夫の声
「どうしたの‥元気?苦労かけているね‥ごめん‥」
責められると思っていた、、、なんでわたしを労るの、、、
そんなのってあり、、、
やっぱりずるい!!わたしは夫を許すしかないじゃない‥。
わたしが実家に逃げたことを責めない夫、
夫は、自分(夫)を見捨てて半ば捨ててしまったも同然の行為をしたわたしを
責めない‥なんで!!
会社の負債は義父のものだけど‥まだ借金は残っている
連帯保証人になってしまった哀れな夫婦…。
実家に逃げたわたしはまだいい‥夫には逃げ場がない‥。
離婚をしたら、わたしは人生をリセットして新しくやり直せるかもしれない‥でも‥
夫に責任はない、お父さんに乗せられて連帯保証人の書類に判子をついただけ‥。
結婚するときに誓った言葉
新婦、路瑠 あなたは夫を
健やかなる時も病める時も
喜びの時も悲しみの時も
富める時も貧しい時も
これを愛し敬い慰め合い共に助け合い
その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?
はい。
わたしは神様とみんなの前で誓ったではないか‥。
どんな時も助けあい命ある限り真心を尽くすことを‥。
いやいや…
そんな約束は、形式だから守らなくったっていい‥
離婚なんて息を吸ったり吐いたりするように
3組の夫婦が誕生したら1組は離婚している現状なんだから‥。
苦しかったら逃げればいい
自分を守るためにはその場から逃げたっていい
自分を守るための嘘だって吐いたらいい
関係を解消することだって自分を守るための手段だ
わたしもあの時電話で責められていたら、今までの思いの丈をぶつけ、
互いに言葉のナイフで刺し通し、心を殺し殺されて、離婚の路(みち)を
選んでいただろう‥だけど‥。
「俺やせちゃったよ‥あっ、この前風呂に入ろうと思ってさぁ風呂釜沸かしてたら‥いつの間にか疲れて寝ちゃって‥気がついたら風呂釜がボコボコガタガタとすごい音立ててて‥も少しで火事になるところだったよ…。路瑠…
苦労かけてごめん‥路瑠に逢いたいなぁ‥」…。
渦中の中でもがき苦しむ夫は、今までの穏やかな夫でなくなってしまう‥。
夫のことを父親と決別出来ない弱虫だのと責める声‥
絶縁しても不思議ではない状況で父のために身を粉にして働いている人
こんなバカな息子はいないかもしれない‥。
もう少しこの人と誓いを守ってみたい‥守り通せないかもしれない‥
その時はその時で考えよう‥明日には明日の風が吹く‥。
きっとどこかでわたしたちは背負ってきた重い荷物を
下ろせるだろう‥。
『わたしのくびきを負うて、わたしに学びなさい。
そうすれば、あなたがたの魂に休みが与えられるであろう。
わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。』
マタイの福音書11章29節
わたし達は自己破産することに決めました‥。
牧師先生の紹介して下さった弁護士さんを訪ねに行きました。
第18話