何も写さないカメラを手に歩く僕。#シロクマ文芸部#走らない
走らない 子ども達
動かない 気配
繋がらない 枝の先の葡萄
実らない いちじくの実
終わらない 戦争
始まらない 平和
封をしたままの ボク宛の手紙
巡らない 季節
咲かない 花
歌わない 鳥
芽吹かない 緑
鮮やかな 土色の世界
産まれた 老人
老いた 赤ん坊
誰もいない 群集
何も無い 思想
映さない テレビ
報道されない ニュース
何も写さないカメラを手に歩く僕。
壊れてしまったこの世界をカメラで撮る、どうせ何も映らないんだと諦めずに、無駄な努力をわざわざしてみせた、ファインダー越しに眺める景色を探りながら、涙が僕の頬をつたう。人で溢れていたスクランブル交差点、かつてあなたと歩いたこの道、誰もいなくなった街、哀しくてカメラ越しにしか眺めることが出来ない僕だけが残された人生。
学生時代、偶然見かけて声をかけた君に、フラリと入った喫茶店、盛り上がる会話、楽しかった思い出は遠い日の記憶。涙も笑いも積み上げてきたふたりの日常と帰りたくないと泣く君を優しく包み込む月、震える背中を愛おしく思ったあの時、いつも笑っていたあなたの空を知った夜、重なり合う淋しさを確かめるように会話したふたりが『もう大丈夫』と思えた日。ふたりの絆を繋いだ命、掛け替えのない喜びは色彩を帯びて鮮やかに広がっていく。赤ん坊を抱きながら、もうこのままお爺さんになって仕舞いたいと思ったほど、細やかな幸せを抱きしめながら過ごす家族に、何もかもを流し去ってしまった非日常。僕だけが生きている。あたなのところに行けない弱虫な僕を笑ってやって下さい。だから僕は、諦めたくは無いのです。何も写さないのは僕の心。
例え僕の心が何も写さなくても、カメラは僕の代わりとなってこの世界を写します。画になって残る記憶を見ることがどんなに辛くとも、僕が涙を流して仕舞っても、決して辞めません。僕の感情が引き裂かれようとも、過去と今と未来を継ぐみます。
やがて、子どもが走りまわり辺りが賑わいはじめる気配、幹から伸びる枝先にたわわにみのる葡萄と水路の近くに植る甘いいちじくの実。戦争が終わり、平和が始まる。昔し昔しにあなたが書いてくれたボク宛の手紙、読み返す度に巡ぐる季節のめぐみを噛み締めています。花は咲き、鳥達が歌う、小川の水はサラサラと流れていく。まだ青い紅葉が鮮やかに彩る世界。老人は夢を見て、赤ん坊は大いに泣いている。
何も写さなかったカメラが、変化していく世界を写し、人々の生活に彩りが戻るのに10年以上かかりました。そして今も僕は独りきりです。あなたの声を探りながらファインダー越しにあなたが好きだった景色を写しています。今でも。
僕は走らなかったけど、走ってきました。カメラは僕の心を写さなかったけれど、君の心を写してきました。あれから僕はずっと独りきりでしたが、けれど独りではありません。いつも、愛するあなたの声が僕を励まし支え続けてくれたから。
こちらの作品は、
小牧幸助 様 のサイト
シロクマ文芸部の今週のお題に参加させていただきました。
素敵な企画、素敵な出会いをありがとうございます。