エマニュエル・トッド 西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか 大野舞訳、文藝春秋 2024.11.10

ネットで情報を集めている若い友人が「読んでみたい」と言い、80歳近い仕事の先輩が熱心に読んでいたこと、さらに私自身もトッド氏の他の著作を数冊読んでいたことから、この本を手に取りました。読み進めるうちに、過去の経験や記憶が次々と結びついていく感覚を覚えました。プラハで知ったカトリックを批判したフスのこと、ジュネーブがカルビンの活躍した地であること、ワシントンで国務省の重厚なビルを眺めながら抱いた「ここで何をしているのだろう」という疑問、天然ガスを巡るロシアとドイツの経済的な結びつき、朝鮮戦争後に南北分離された朝鮮半島の現状、さらには週末の英語の談話会でイギリス出身の英語講師が語った近年のイギリスの貧困化に対する憤り――これらが本書を通じて鮮明に思い起こされました。ページをめくる手がもどかしくなるほど興奮し、一気に読み終えました。
本書は、日本のマスメディアが伝える内容とは全く異なる視点を提示しています。トッド氏は、ロシア・ウクライナ戦争をEUを巻き込んだアメリカとロシアの代理戦争と定義し、ロシアの勝利を確信しています。特に2023年夏のウクライナ反転攻勢を「自殺行為」と断じ、終章では1990年から2022年に至る米国の歩みを描き、歴史的事実を突きつけられるような思いがしました。
また、トッド氏は米国経済について「ドルを刷っているだけで産業が消滅している」と厳しく指摘し、GDPから金融業、弁護士、インテリジェンスなどモノの生産を伴わない「対人サービス」を除外した「国内実物生産(RDP、Real Development Product)」という独自の指標に注目しています。この指標は農業、製造業、建設業といったモノやインフラを生み出す経済活動を重視し、国の経済基盤を測定するものです。一方で、対人サービスの拡大を「虚構経済」の一部と見なし、これが実体経済の力を弱めていると批判しています。その観点から、トッド氏は米国にはウクライナ戦争を継続する経済力がないと断言しています。
一方、報道では停電や断水が続くウクライナ市民の困難な生活が伝えられています。また、トランプ大統領の再登場もあり、この戦争がどのように終結するのか、世界中の関心がその行方に注がれています。本書は、ロシアとウクライナの戦争にとどまらず、西欧と非西欧諸国の対立構造、そしてこれからの世界の行方や日本の立ち位置を考えるうえで、非常に参考になる一冊だと思います。友人がエマニュエル・トッドへの『西洋の敗北』に関するインタビュー映像を知らせてくれました。原書はフランス語で、英語にはまだ、翻訳されていないようです。次のURLは、文藝春秋社がやられたトッドさんのインタビューです。https://www.youtube.com/watch?v=3pNo2T8wEhY

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