E.K.ジョンストン『スター・ウォーズ アソーカ(上)(下)』(スター・ウォーズ 小説感想②)
あらすじ
待望の邦訳版
今年2月に日本語版出版となった『ハイ・リパブリック イントゥ・ザ・ダーク』に続き、この度Gakkenよりリリースされたのはアナキン・スカイウォーカーの弟子・お馴染みアソーカ・タノを主人公に『TCW』と『反乱者たち』の間隙を埋めるヤングアダルト小説です。原書は2016年発売ということで、何と7年を経ての邦訳刊行になりました。当時、ライトセーバーのクリスタルに関する設定変更の件などで話題になったのを覚えている方も多いのではないでしょうか。
後に『TCW』S7で描かれることとなるマンダロア封鎖とオーダー66以降、アソーカはどこで何をしていたのか。一度ジェダイの道をドロップアウトした彼女を再起に導いた出来事とは。ディズニープラスでの主役ドラマを控えたこのタイミングで、われわれ日本のファンも遂にその全容を知れる日がやって参りました。
逃避行の先に
『EP3』からおよそ1年後の18BBY。本書の舞台となるのは主に、サベスカとラエイダという共に辺境にあるふたつの惑星です。帝国の追手から身を隠し、正体を偽って暮らすアソーカはサベスカでは有力事業主の庇護の下に、ラエイダでは農作地でメカニックの修理屋を生業として息を潜めて生きています。オーダー66での経験や軽々に身の上を語れない事情もあって人間関係に一線を引きがちなアソーカですが、それ以上に目立つのはジェダイ・オーダーという組織の中だけで育ったが故に他者との距離感を図り兼ねている点です。
一挙手一投足、事あるごとに頭を過るのはマスターなら、オビ=ワンであれば~という思考であり、骨の髄までジェダイの教えが染みついたアソーカもまた、知らず知らず過去に囚われているひとりなのです。身を寄せた先で時に黙って姿を消すことを余儀なくされ、時に再び頼らざるを得ない厚かましい行いに己自身も傷つきながら生き永らえていく道程は、アニメで親しんだ軽口を叩きながらミッションをこなす姿とはギャップがあって、読んでいて心苦しいものがありました。
失われゆくもの、取り戻すもの
もうひとつ着目したいのが本作のヒロインであるケイデンの妹、ミアラの存在です。共和国が帝国へと体制を移行し、その強権的な支配が辺境まで伸びていく中、徐々に締め付けが強まっていくラエイダの農村地帯。両親を事故で亡くし、農業に従事して生活するケイデンとミアラの姉妹が本書では大きくアソーカに関わってきます。
帝国が市井の人々の暮らしを大きく変えてしまう様はカノンの諸作でも多く描かれてきましたが、『キャシアン・アンドー』で正に"取るに足らない"名もなき一市民らが蹂躙され、或いは命を捨ててでも帝国に抗する景色を実写ドラマという形で目にしてしまった2023年現在の「スター・ウォーズ」ファンにとってはよりリアルなものとして像を結ぶハズです。邦訳こそ本国から大幅に遅れをとってしまったものの、こうして本来刊行された2016年には想定されていなかった景色を体感できるのも「SW」というコンテンツのリアルタイムな面白さでしょう。
そんな先行する数多のスピンオフに於いては、仕事熱心な人間が帝国/ファースト・オーダーといった権力や悪に取り込まれ、自覚のないままに狂わされていく姿もまた紡がれてきましたが、ミアラというキャラクターはその逆ともいうべき描きが為されているのがユニークで、最初はさばさばした性格のケイデンに隠れがちであった弱弱しい妹が、市民の対帝国駐留部隊運動に関わるにつれ、姉ですら知らない急進的で大人な顔を覗かせるようになっていきます(ここも『キャシアン・アンドー』で反乱を指揮するヴェル以上に肝が据わってゆくシンタを想起させるところ)。それは即ち、アソーカが劇場版『TCW』で初登場を果たしたときから見せてたような茶目っ気が段々と薄れていったのと同じであり、戦争が人を変えるのに彼方も此方もなく、善と悪の境界が非常に曖昧なことを示します。あの頃の無邪気な少女はもういないのです。
だからこそ、本書のクライマックスでケイデンによって"ある告白"をされたアソーカがどぎまぎしながら半ばはぐらかす不慣れなぎこちなさが等身大のティーンエイジャーらしく実に可愛らしくて新鮮で、信じていたものすべてを失くし、ジェダイ・オーダーを出たことで初めて普通の女の子に戻れたアソーカの青春小説的な風合いが爽やかな読後感をもたらしてくれます。
問題の『テイルズ・オブ・ジェダイ』?
先に述べたように、本作が米国で刊行されたのはいまから7年も前であり、劇場先品でいえば『EP7』と『ローグ・ワン』の間――続三部作も完結していなければ『TCW』のS7すら存在しなかった、すっかりカノン初期作です。そのため、この間に作られた作品とは微妙な齟齬を孕んでいるのも否定できません。より具体的に述べれば、同じく『TCW』後のアソーカの再起と尋問官のバトルが語られる『テイルズ・オブ・ジェダイ』が該当します。今回の邦訳版でもわざわざその旨を記してくれているのが丁寧というか、マニアックと言いますか。
このような"史実"の衝突はこれまでにも起こっており(ケイナンの過去を綴るコミック『Kanan』とアニメ『バッド・バッチ』など)、テンガロンハットおじさんことデイブ・フィローニはこの辺、わりと頓着しない性格らしく正史性を気にするコア層をやきもきさせがちです。なので矛盾がどうこうというよりは、あくまでもアニメの原案本と捉えるのが正しいかとは思うのですけれど、個人的には同作最終話でコルサントにてベイルとアソーカが別れる場面と、謎の骸骨尋問官と対峙する農耕パートまでの間に無理やりサンドイッチするのも案外アリではないかなと。その場合、本書のシックス・ブラザー含め尋問官と二度闘うことになりますが……まぁ、エピローグの流れを踏まえると全くないとも言い切れなさそうですし。無理くり辻褄合わせしながら楽しむのもレジェンズ時代から続いてきた「SW」の楽しみ方ということで。
先述の『キャシアン・アンドー』を始め、「ハイ・リパブリック」のアヴァー・クリスや『ビジョンズ』の「アーウの歌」で提唱されるフォース=カイバー・クリスタル=歌の概念がこの時点で既に登場していたことに驚かされたり、逃亡の果てに安息の地を得るも帝国の進出によってやはり追われてしまうアソーカに『Rebel Rising』のジン・アーソを想起させられたり、ドラマ『アソーカ』にも出演するヒュイヤン教授への言及に心躍らせ期待が膨らんだり、歳月を経ることでいくつもの作品が重なって常に"いま"が更新され、最新の「SW」にアップデートされてゆく。
アニメと描写が違うから無意味、邦訳が遅かっただなんてことはまるでない。ドラマ『アソーカ』配信直前のいま、この先の展開をあれこれ想像しつつ読みたい1冊です。
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