小説 (仮)被災者になるということ~能登半島地震より 第26話
1月26日
朝ご飯を配るときに、少し遅れたら誰もいなかった。
もらい損ねたらしい。
近くにいたおばあちゃんに聞いたら、パンをもらったというので、
本部まで取りに行った。
本部にいた人もどこにあるかわからず、厨房にいた人に聞いて、やっともらえた。
地元のパン屋さんのものだった。
ミニクロワッサンを2個だけもらえた。
ミニクロワッサン2個は息子に渡して、私はお菓子を紅茶と一緒に食べた。
夫は買ってきた総菜パンを食べた。
私の前髪にひどい寝癖がついていたが、外にしか使える水がないから、寒くてほおっておく。
ステージの幕の前にパーティションと同じ段ボール板で壁ができていた。
消灯後に物を運んでいたのは、これだったのだ。
たくさんの段ボール板が並べられて固定されていた。
確かに風は吹きこんではこなくなっていた。
本当に少しずつ、状況は良くなっていく。
それでもまだ、今日も雪が降っていて、寒いことに変わりはなかった。
息子は学校に行った。
免許の更新に行こうと思い、車で警察署に向かった。
今年は私の免許の更新年だった。
地震のため、免許の更新を延長するということになっていて、6月30日まで余裕があるのだが、仕事を始めるといつ休みがとれるかわからないので、今のうちに行っておきたかった。
雪が薄く積もっていて、道路の割れ目を避けたりしながら、制限速度以下でゆっくりと走った。
走っている車もあまりいなかったので、制限速度以下でも問題なかった。
警察署では支援のパトカーがたくさんいて、ぴったり一台しか空いていなかった。
ところが、W市警察署では更新手続きをしていないと言われた。
避難所には免許の更新の延長のポスターはあったが、そこには更新手続きをしていないとは書いていなかった。
少し不親切だと思った。
私の表情を見て取ったのか、いつ再開するか未定で、新聞やテレビを見てほしい、または電話してもらえたら確実です、と言われた。
「雪が降っている中、わざわざ来てもらって、気を付けてお帰りください。」
丁寧な対応に、少し心がほぐれた。
今の世の中、警察官も接客業のように親切だな、と思った。
せっかく出てきたので、ドラッグストアによったらまだ空いていなかった。
10時開店だったので、あと15分あったが、開くまで駐車場で待つことにした。
私の後にも、同じように駐車場で待つ人が数人いた。
ドラッグストアで買い物中、Adoの『唱』とYoasobiの『アイドル』が聞けた。
どちらも今、聴きたかった曲だ。
紅白歌合戦で聴いてから一カ月近くたって、やっと聴くことができた。
『唱』は少し変な曲なのだけど、この曲をAdoほど表現力豊かに歌える人は
いないだろう。
私は『アイドル』よりも『勇者』のほうが好きなのだが、『アイドル』が売れすぎて、『勇者』が影に隠れているようで残念に思っている。
レトルト食品、魚肉ソーセージ、息子の好きなヨーグルトを買った。
好きな曲も聴けて、買い物もできた。
こんなささやかな日常生活ができたことが、私の気分を明るくした。
そのまま義父母の家にむかって、台所の片付けの続きをした。
片付けの最後にまた、使い捨てポリ手袋をして、便器の汚水を紙コップですくって、簡易トイレのビニール袋にいれた。
いつも使っていても気づかなかったが、横向きに穴のあるタイプで
奥のほうまでできるかぎり掬いとった。
袋に凝固剤を入れて固めた。
便器に水を入れると、透き通った水だったので、ほっとした。
眼科のクリニックが開いているようだった。
明日にでも行くことにしよう。
避難所に戻るとDさんの奥さんと会った。
コロナはもう大丈夫?と気遣ってくれた。
はい、大丈夫ですと答えた。
二次避難の出発時間が決まり、薬を60日分処方してもらったそうだ。
また少しさみしくなる。
夫が隔離解除になるので、お昼ご飯を取っておいてほしいというメールがきた。
昼はカップ麺と焼き鳥缶だった。
焼き鳥がたれか、塩しかなかったので残念だった。
三人分のカップ麺と焼き鳥缶をもらった。
寒いのでカップ麺を作って、冷めないうちに急いで食べた。
夫が隔離解除になって、体育館にきた。
久しぶりだが、とくに感慨はなかった。
向こうも同じようなものだった。
カップ麺と焼き鳥缶を渡した。
息子も学校から帰ってきた。昼ご飯を食べてから
また避難所内のボランティアに行った。
夫が家電量販店に行きたいと言うので、二人で出かけた。
夫は延長タップを買い、私は3Lの湯沸かしポットを結局買った。
それから家に帰って片づけをした。
雪が降る日は寒さが一段と強く、背中にカイロを貼っていても手がかじかんで、いつもよりも早く避難所に戻った。
夜はトラックでの炊き出しだった。
車のマフラーの近くで並ぶことになっていたので、排気ガスのにおいが嫌だった。
去年の夏にヒットしたアニメ映画の曲が流れていた。
ちょっと気分が上がった。
中華風スープか、豚汁を選べたので、私は中華風スープにした。
ねぎを入れるかどうか聞いてくれて、入れるといったら
たくさん入れてくれたので、嬉しかった。
豚汁は夫が塩からいと言って残していた。
少しもらって味見した。
ラーメンスープみたいな醤油味だった。
中華風スープとベースは同じかもしれないが具材が違うので、塩辛さも違ったのかもしれない。
石川県では豚汁はみそ味が一般的なので、少し残念に思った。
(注:ちなみに石川県ではとんじる、と言います。ぶたじると言うところもあるそうですね。)
今日は歯磨きの場所がすいていた。
二次避難に行った人がいるからだろう。
手洗い場の排水溝からはどぶのような臭いがしていた。
これだけ多くの人が使って、掃除しないのだから当然なのかもしれない。
私はまだ起きている時も、寝る時も同じ服を着ている。
地震直後はすぐに動けるようにと思っていたのだが、それがずっと続いている。
いつになったら、パジャマに着替えて眠れるだろう。
ストーブの延長の音で起こされた。
3時だった。
延長ボタンを押したが、目が覚めてしまってなかなか寝付けなかった。