小説 (仮)被災者になるということ~能登半島地震より 第33話
2月2日
朝はコンビニSのパンが一つだった。
大きめの惣菜パンだったので、一つでも食べ応えがあった。
コンビニSはN市に一つあるが、それより北にはない。
コンビニSからの寄付なのだろうか。
そうだとすれば、とてもありがたい。
N市の店舗には行ったことがなかったが、落ち着いたら買いに行こう。
シャワーは土曜日に入ろうと思っていたが、休みだというので
今日入ることにする。
私が予約の列に並ぶ。
夫は会社に行き、息子は学校に行った。
夫は昼を食べに戻らなくていいように、パンを持って行った。
私は避難所を出る時、必ずトイレを済ませるようになった。
明日は災害ごみの日なので、災害ごみをまとめる。
W市は災害ごみは搬入せず、回収にくる。
そのほうが運ぶ車を持っていない人も便利だろう。
壊れたカラーボックスや棚のねじを外し、木の部分だけを縛る。
ねじは金属ごみとしてまとめておく。
落ちて動かなくなった電化製品、割れた食器、割れた神棚を玄関先に運び出す。
災の文字を書いた紙を、ごみにはりつけていく。
支援物資の配布があるというので、車で行ってみた。
道に誘導の人がいて、駐車場に入るには、左折側からしか入れない。
それが長い列になっていて、なかなか進まない。
駐車場から車が出ると、代わりの車が入れるようになっていた。
20分ほどかかって駐車場に入れた。
配布開始時間から少し遅かったからだろう。
水、電池、簡易トイレ、洋服、マスク、消毒液、おむつ(大人用も子供用も)などがあった。
この場所では、生活用品が置かれていて、バスターミナル近くの配布場所には、食べ物(缶詰、レトルト食品など)があると聞いていた。
電池は先に来た人が単3や単4を持って行ったようで、単1、単2しかなかった。
洋服は古着で、ごみ袋のような袋に入ったままで、あまり欲しいと思うものはなかった。
水と簡易トイレをもらってきた。
ちょうど、昼前になったので、そのまま避難所に戻った。
炊き込みご飯をパックにつめたものとカップみそ汁だった。
父に会ったが、まだ同じことで悩んでいた。
罹災証明がまだもらえないことと、地震保険の申請のことだ。
悩んでも、罹災証明が出ないのだから、どうしようもない。
うつ病ではないが、地震のショックから抜け出せていないようだった。
午後は家で洗濯をする。
いつものように、バケツに水と沸かしたお湯と洗剤を入れて、もみ洗いする。
外で水を捨てて、脱水だけは洗濯機を使う。
夜のシャワーの着替えを準備する。片付けの続きをする。
DVDの入っていた棚が壊れて、DVDが散らばっている。
入れる場所がないため、床に破ったカレンダーをひいてその上にただ載せていく。
一応ジャンル別に分ける。
数えてみると、夫のものがドラマやアニメを合わせて400枚くらいある。
私のものはTVを録画したブルーレイが数枚あるだけだ。
夫のお金で買ったものだし、それには文句はないが
片付けなくてはいけないのが憂鬱だった。
夕方になったので避難所に戻ると、息子は帰ってきていて、私のご飯も取ってきてあった。
白米と、いつものように野菜が色々といわし缶の入ったのみそ汁だった。
もしかしたらみそ汁ではなく、鍋なのかもしれない。
味は悪くはないが、かなり冷めていた。
夫は仕事の帰りにおにぎりなどを買ってきていて、それを食べた。
シャワーの順番が来たので浴びに行った。
今回はトラブルなく済んだが、やはり制限時間があるのは落ち着かなかった。
それでも体が軽くなって、気分も少し明るくなった。
夫は仕事の疲れとシャワーの解放感から8時半に寝てしまった。
会社から機材の連絡がメールであった。
喉がイガイガして、咳が出たのではちみつ湯を飲んだ。
ネットニュースによると、W市の現在の一時避難の人数は約2800人ということだった。
W市の人口が23000人くらいだとすると、十分の一を超えていることになる。
一ヵ月を超えて、それが多いのか少ないのかわからない。
母から電話があった。
のどが筋張ってきて、浦島太郎のように、一度に年をとってしまったと言う。
どの人もそうだ。目つきが悪くなったり、老けてしまった。
自分ではわからないが、私も老けているのだろう。
話題は北陸応援割になった。もうすぐはじまるが、二次避難を受け入れているホテルはどうするつもりなのかということが報道されていた。
避難者の間で、不安が広まっていた。
母のいるホテルの人たちも話しているそうだ。
北陸応援割はもともと新幹線開業のための政策だったのだが
それを地震があった今もそのまま続行するのはどうなんだろう。
水道が復旧するか、仮設住宅ができるかして、二次避難先から戻れるようにしないうちに追い出されてはたまったものではない。
夢を見た。
体調の悪くなった私は病院で注射を打つことになった。
それには手書きで「ワクチン」と書かれていた。
「すみません、それはワクチンなんですか?」
「そうです。」
「あの、副反応の説明はしてもらってないのですが。」
しかし看護師さんはそのまま打とうとする。
「待ってください、普通は同意書を書きますよね、書いてもないのに
なぜ打つんですか?」
私は泣き出してしまう。
そのまま泣きながら起きてしまった。
いやな夢を見るくらいなら、寝なければよかったと思った。