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◆ 作業報告 20240110

西郭(にしくるわ)遊歩道設置 2-2



プロローグ

 前回の作業作業報告 20231216)から一月が経って、年も令和6年(2024)となりました。気温14℃。例年より暖かい1月を過ごしています。
 1月1日に発生した能登半島地震に関しては、現地の状況が少しづつですが伝わりってきており、石川県では半島特有の交通網の課題による深刻な状況がわかってきていました。おそらくは、文化財の被害も甚大なはずですが、まずは人命に関わるところが優先されるので、引き続き情報を見守るしかないもどかしさはあります。
 
 日本列島に暮らしている限り、明日は我が身に起こり得ること。
「自然災害と文化財」についてはまた別稿で考えたいと思います。

Chap.1 ちょっと先のことだよ

 この日は、1月の整備作業作業報告 20240120)で設置予定の、西郭遊歩道用の足場板を仕上げます。

 前回の作業で防腐剤を2回塗布してあるので、今回塗れば、暫くはメンテナンス無しで大丈夫でしょうと言いながらの作業です。
 
 この日の参加者の平均年齢は70歳を超えてます。こういうメンバーで「ちょっと先のこと」を考える際は、「その時」と「自分の姿」との重ね方が、若い人達が語る未来のそれとは随分雰囲気が違います。年季を感じるとはこういうことかと。あんまり先のことはわかんなよと、半分笑いながら少し先の未来に思いを馳せると、自然と大げさな未来は影を潜め、よりリアルなものになっているような…。他人事ではない自分事という構え。
 
 年始めの薄雲で霞んだ空のもと、そういう雰囲気で作業するオヤジたちはいつもより3割増ぐらいにはカッコ良く映るのでした。

いつまで持つかな? などと言いながら


Chap.2 作業より話が長い

 今回は1回塗るだけなので、30分程度で作業終了。途中、防腐剤が足りなくなりそうだったので、ヤスダさんが近くのホームセンターまで買い出しに行ってくれてる間、休憩がてら雑談。

 経験上、こういうなんでもない雑談が、あとから考えると収穫の多い有意義な時間になっていたことが多くあります。
 この時は部材をどうやって運ぶと面白そうかということと、整備活動で使う道具を入れておく倉庫を設置する場所はどうする? の2点。


 
 10日後の定期整備日に、西郭でお披露目となる説明板までの遊歩道に使うので、部材は東郭から西郭に運ばなくてはいけません。東郭から西郭までは直線距離で100mほど。その間には、一の郭と二の郭を分ける大堀切に沿って、軽トラ1台がやっと通れるほどの舗装道が1本通っています。
 最初は軽トラの使用を想定していました。これなら早くて楽!
 ん?
 なんで早さと、快適さをここで獲得しなければいけないんだっけ??
 
 史跡に限らず、文化財 ー最近では文化遺産などと呼ばれるー の場に触れて起こることの一つに、過去に思いを馳せるという現象があります。個人的には人の話が聞こえなくなるくらい、想像の世界で頭の中がぐるぐるしてたまらない瞬間なのですが、こういう場において効率性だけを求めるベクトルで物事に対峙する姿勢では、なにかもったいないような気分にさせられます。
 
 この時もそんな気分から、みんなで昔のやり方で運んでみたら面白くなりそうじゃない? という話になって、やってみたわけです(◆作業報告20240120)。実際に運んだ高校生はどうだったのか、その表情や会話からは、何をどのように感じたのか察することは出来ませんでしたが、見ていたPe-は大いに楽しんだのでした。



 倉庫の設置場所というのは、少し説明が必要です。
 椎津城跡の整備活動は、平成29年3月に市原市教育委員会と椎津七町会連合会の協定締結で始まりました。以来、令和5年までの7年間、使用した道具などは連合会の倉庫や、タマル会長、ヤスダさんのご自宅を間借りすることで保管してきました。というか、保管しています(現在進行形)。
 刈払い機、スコップなどの主力道具類や、燃料、メンテナンス用具のほか、臨海部企業からご提供頂いた作業用ヘルメット、姉崎高校が制作してくれた椎津城の案内板など、なかなかスペースをとっています。
 
 それから、こういったスペースの話の他に、実際に作業する場所(椎津城跡)と道具の保管場所が離れていることや、間借りしている連合会の倉庫の鍵を借りに行って、更に返しに行かなければならないことなど、それだけ見ると大したことではないように見えるのですが、毎度のこととなると地味に億劫になってくるものです。
 
 最後に大事なポイントが、個人宅のスペースを占有しているということ。これはいけません。われわれ「史跡椎津城跡を守る会(以下守る会)」は椎津城跡の整備を通じて、地域のためになることを活動の基本に置いています。規約にも書いてあるので間違いないです。それなのに、椎津在住の会員宅の一角を、その家の為にはならないようなものが占めている光景はどうでしょう? 想像をたくましくすると、

「これ、なんですか?」※
「何に使うかわかりませんけど、ここにおく必要がある?」※
「その、何を守る会だかわかりませんけど…」※

    ※ 特定の家庭内を想定しているものではありません。

こういった家族の声が聞こえてきそうです…
これは本当にいけません。憂慮すべき事態です。早急に対策を…。

 こういう流れがあったかどうかは定かではないのですが、とにかく「守る会」専用の倉庫が椎津城跡に必要だということになっています。「守る会」積年の望みと言ってもいいでしょう。

作業完了 このままほったらかし

 だからと言って、ほいほい置けるほど簡単なことではないのです。ちょっと考えただけでも、
  どのぐらいの大きさの倉庫がいいか
  どこに置くのか
  どうやったら風でとばされないか
  市が許可してくれるか
  お金はどうするか
 いろいろと決めごとが必要となってきます。
 このあたりの話は、別稿「● 史跡に倉庫を置くこと」で。
 

勇ましく記念撮影 長い無駄話後に


 今回の臨時作業は、作業時間30分強、待機及び無駄で有意義な話が1時間弱、10時半には解散となりました。
 
 日 時 令和6年1月10日 9:00~
 場 所 椎津城跡東郭
 参加者 タマル会長 イシグロ監査役 ヤスダ会計役 ヨコオ会員
     記録係でPe- の5名

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