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遥かなる想い 心は揺れる
紀伊半島の中央から南にかけて、山が連なり重なり、遥か遠くまで険しい山々が波打っている。
名を、果無山脈と言い、本当にハテがない、山々は1000m前後の高さで、山道を行くと、行けども行けども果てし無く、峠と谷が続く。
その昔は、自然崇拝の山岳宗教の聖地であり、吉野や高野から熊野にかけての修行道も存在する。
突然だが、つぶやいてみる・・・
昨夜、間近に迫った年金給付の事を考えながら風呂洗いをしていると、なぜだか「かぐや姫の遥かなる想い」を口ずさんでいた。
誰もが一度川の流れを変えてみたいと 若く燃えたあの日の唄がどこかで聴こえている・・・
はじける汗と風の匂いが旅へと誘うから 僕らの靴は いつも半分すりきれているだろう・・・
少し前は、「竹内まりやの五線紙」のこの部分
あの頃の僕らは 美しく愚かに 愛とか平和を詞にすれば それで世界が変わると信じてた・・・
なぜ、このくだりを思い出したのか。
川の流れは変えられなかったし、旅には出ることも叶えられなかった。
ピースと皆が叫んでも、争いは止まらない事も知った。
なのに、青臭い想いが蘇るのはなぜか。
ひょっとすると、あまりに重くなってしまった背中の荷を軽くし、あの頃の想いをリックに積めて、自由と言う名の靴を履き、もう一度旅にでても良い年齢になったからだろうか。
両親を見送り、子は巣立った。
今なら、体力気力に少しだけ余力ある。
今だ、今しかない
さもなくば、後悔するぞ
どこかから、声が聞こえる。
あの果無山脈の向こうにある、大海原を目指して歩き始めた先人の旅人のように。
敬愛する西行のように、芭蕉の旅のように。
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さて、遥かなる想いは、夢に終わるのだろうか。
おじさん から おじいさんへ 心は揺れる