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ありがとう寅さん ネコミミ村まつり後夜祭 男はつらいよ番外編


 ネコミミ村まつりの夜、能戸村警察署の牢屋の中で煙のように消え去った車寅次郎。村人たちは総出で村内をくまなく探したが見つからなかった。二日たっても見つからず満男と村人たちは話し合い、村の不思議現象に詳しいにゃんくしーさんが呼ばれた。そのにゃんくしーさんの推理によれば、この村に来たのは寅次郎の亡霊であり、サクの優しい歌声を聴いて成仏してしまったということである。
 この話を聞いた村役場の泉総務課長は、村まつりを盛り上げてくれた寅次郎に感謝の気持ちを込めて、ささやかなお別れ会を行うことになった。満男から連絡を受けた柴又のさくらと博も飛行機で駆けつけ、お別れ会に出席することになった。
 会場は廃校になった小学校の体育館を改装したコミュニティセンターで行われた。壇上に祭壇が設けられ、誰が撮ったのか、中折れ帽を被ってにこやかに笑う寅次郎の遺影が中央に置かれて、その周りを菊の花輪が囲んでいる。祭壇の上には「ありがとう寅さん」と墨で書かれた垂れ幕が吊り下げられていた。
 会場の入り口に置かれた受付には、喪服を着た泉課長と見据茶先生が椅子に座り、記帳に来る村人たちと挨拶を交わしたり、香典のお返しを渡したりしていた。
 「寅さんがこの村に来たの、たった二回だけやのに、ぎょうさん来はりますね」と見据茶先生。
「ええ、よっぽど村人たちに強烈な印象を残したんでしょうな」   と泉課長。一度でも寅次郎を見た村人はほとんど来たようだ。
 満男は喪主という立場で、喪服を着て来賓の相手をしていたがやがて二人の弔問客を連れてきた。
「課長、先生。僕の両親が柴又からやって来ました」
 満男の後ろから喪服を着た博とさくらが現れる。
「こんにちには。諏訪博と申します。満男がお世話になりまして」お辞儀する博。
「どうも私は総務課の泉です。こちらが見据茶先生」
「ど~も見据茶です。コトー先生にはよう診察して貰ってます」
「へえ、満男はそう呼ばれているんですね。こちらが家内のさくらです」深々とお辞儀するさくら。
「あの、この度は兄が大変お世話になったそうで」
「いえいえ、寅さんのお陰て楽しく過ごさせて頂きました」
「私も寅さんと話せてほんまに楽しかったです」
「はあ……兄が警察のご厄介になったとか」
「な~に大したことじゃないんです。この村があんまり平和で警察も暇だったんでしょう。肝心の寅さんが消えてしまったので無罪放免ですよ」
「そう、それなんですが……」と博。
「ええ、我々も大変驚きました。私共が話していた寅さんが、実は幽霊だったなんて。それがサクちゃんの優しい歌声を聴いて成仏したということですね」
「やっぱり。僕も義兄さんに会ったときからどうも様子がおかしいとは思ってたんです。顔色が悪いし第一歳を取ってない」
「やはりそうですか」
「あの~私にはまだ信じられへんのです。あんなに楽しく話して頂いたんに、幽霊やったなんて」
 狐に摘ままれたような顔をする見据先生。
「ほら、にゃんくしーさんも言ってたじゃないか。この村は不思議なことが起こりやすいって」
「まあ人魚が出たり、化け猫が二本足で歩いてたりしますからな~」
「へえそれは不思議だな。なあさくら」
 さくらは悲しげな表情で俯いている。博がそっと肩に手を乗せる。
「まあいいじゃないか。たとえ幽霊だったとしても。一度は死んだと思ってたんだから」
「でもせっかくまた会えたのよ。私、がっかりしたわ」
「二十七年も成仏できずにさ迷ってたんだろ。それがサクさんという心優しい娘さんと出会って、素晴らしい歌を聴かせて貰って成仏する……。それは義兄さんにとって幸せなことなんじゃないのか」
「そうね。そうだといいわね……。あの、泉さん」
「はい」
「この度は兄のためにここまでして頂いて……なんと御礼を言っていいのか……」
「いえいえ。気になさらず。私がこうしたかっただけですので」
「……ありがとう」
 それから博とさくらはゆっくりと祭壇の前に進み、東京で買ってきたハイビスカスの花を手向けると深々と合掌した。菊を手向けるのが普通であるが、寅次郎の最愛の人リリーを思わせる花として、博が花屋に注文しておいたのだ。
 さくらは寅次郎の遺影をじっと見つめると、袂から黄色いハンカチを取り出し溢れる涙を拭いた。そして遺影に語りかけた。
「お兄ちゃん。……亡くなったはずのお兄ちゃんから電話がかかってきたあの日から、私はずっと夢を見ているようだったわ。とてもうれしかったけど、いつかまたこの夢が覚めるんじゃないかってずっと不安だったの。……そしたらやっぱり夢だったのね。でもいいわ。一度でも会えたんだし……。ずっと成仏できずにさ迷ってたのよね。それなのに私たちのことを忘れずに会いに来てくれたのよね。……ありがとうお兄ちゃん。今度こそほんとのお別れね」
 止めどなく涙を流すさくら。語るべき言葉をさくらに代弁して貰った博も男泣きに泣いた。


 その内会場の前に一台の黒塗りのリムジンが停まった。そして中から法衣の上に袈裟を斜め掛けした禿頭の老人が杖を持って降りてきた。老人はゆっくりと受付に前にやって来た。
「これがちょっとばかしですが」
 香典を泉課長に渡して記帳する。
 老人は入り口にいた満男と暫く立ち話をした後、杖を突いてゆっくりと遺影の前へ向かった。
 黙祷していたさくらと博が振り向く。
「あ、あなたは!」
「ほっほっほ。ご無沙汰しております。博さんにさくらさん」
「御前様!」
 思わずまだ生きていたんですねという言葉を引っ込めるふたり。代わりに博が言った。
「ご健在だったんですね。引退して京都で暮らしてるとは聞いていましたが」
「ほっほ。大方まだ生きてるなんて信じられんのでしょう。しかしほれこの通り。題経寺を後進に譲った後、京都の娘夫婦の世話になって悠々自適ですわい。今でも柴又でとらやのみなさんと話したことを昨日のように思い出します」
「まあ御前様。あの頃とちっとも変わりませんね。うれしいわ」
「ほっほ。さくらさんは益々おきれいになられたようで」
「やだわ御前様。兄みたいなこと仰って」
「なに、本当のことを言ったまでです」
「ところで御前様。おいくつになられましたかな?」と博。
「ほっほっほ。笑わんでください。私は今年の五月で満百二十になりました」
「ひゃ百二十!」
「ええ、毎朝にんにくをかじっとります。ギネスに申請しろと周りの者に言われますが、面倒なもんで断わっとります」
「それは大変御長命ですね。僕らもあやかりたいな」
「御前様に比べれば、私たちなんてひよっこね」
「私は百になってから俳句と短歌を覚えましてな。今はこれを詠むのが生き甲斐になっとります。時々、noteというアプリに投稿するんです」
「へえ、御前様がインターネットをお使いになるなんて不思議だなあ」
「なに、今はインターネットの時代です。どこの年寄もみなスマホにパソコンですぞ」
「時代は変わったんだなあ」
「どんなものをお詠みなさるのかしら?」
「ごほん。では恥ずかしながら。……燃え残るひそやかな種抱えゐて捨て身ひらめく夏虫のごと……」
「まあ、恋の歌ですね。流れるような素敵な歌だわ」
「ほっほっほ。私も若い頃は幾つもの恋をしたもんです」
「ええっ?御前様が恋を……。信じられませんわ、そんなこと」
「何を仰いますさくらさん。私の恋の激しさときたら、寅なんか問題じゃありませんでしたよ」
「ふふふふ」
「おかしいですか?」
「いいえ」笑いを堪えるさくら。
「おっと大変長話をしてしまいました。私は満男くんから、寅が成仏したと電話で聞いて、慌ててやって来たのです」
「それは兄のためにわざわざ。遠いところをお越し下さりありがとうございます」お辞儀するさくらと博。
「なに、寅が成仏したというなら、経のひとつも上げねばならんと思いましてな」
「あの、御前様……」
「はい」
「兄はずっと長いこと行方知れずになってまして、一度はお葬式も出したんです。それが二十七年ぶりに帰って来たと喜んでいたら、実は幽霊だったなんて……まるで夢でも見てるようで」
「……まあ元々寅の人生そのものが夢みたいなもんですから」
「……そうですわね」
「どれ、それじゃ経の一つも上げましょうか」
「はい」
 滔々とお経を上げ始める御前様。畏まって拝聴するふたり。


 そのうち、会場の前に一台の黄色いタクシーが来て停まった。
 今度はふたりの男女が降りて来ると足早に受付の前に来た。
「こちらにご記帳お願いします」
 目深に中折れ帽を被った男が記帳するのを、俯いて見つめる泉課長。男は汚い字で「車寅次郎 かつしか柴又」と書いた。
 驚いて見上げる泉課長。
「車寅次郎?」
「よっ課長、先生。三日ぶりだな。どうもここで車寅次郎という人の葬式をやってるって聞いたから来てみたよ。なんせ葬式をやる本人がいねえと話にならねえからな」
 空いた口が塞がらない泉課長。気づいた満男が飛んでくる。
「叔父さん!今までどこにいたんだよ。煙のように消えちゃってさ。それにリリーさんまで」
 リリーは大きな目にアイシャドウを施し、赤いドレスに赤いハイヒールを履いている。
「はじめまして。寅次郎の妻のリリーです」
「リ、リリーさん!噂の……」驚く見据茶先生。
「寅次郎がお世話になったそうで」
 しおらしくお辞儀するリリー。
「は、はあ。私が総務課長の泉でこちらが……」
「葬式をするならせめて本人のいるのときにして貰いたかったねえ、全く」
「ど、どういうことなんだ?」頭を抱える満男。
「あのね満男くん。三日前に寅さん、那覇の国際通りをうろうろしている所を警察に見つかって保護されたのよ。本人は何でここにいるか全く記憶にないって。私がたまたま通りかかって気づいたから良かったけど無一文でさ。今頃村のみなさんが心配してるに違いないっていうから、大急ぎで飛行機に乗ってこの村へ来たのよ。ねえ、寅さん」
「おう、三日前の晩、警察署の牢屋の中でサクちゃんの歌を聴いたとこまでは覚えてんだけどよ。そのあとどうしたもんか、気がついたら沖縄の神社にいたのよ。どうもここはおかしな村だね」
 呆気にとられる三人。
「課長、香典はここに置いとくよ。いくらやるのかわからねえから三千円入れといたぜ。お返しはいらねえよ」
「は、はあ」
「馬鹿っ。三千円じゃ安すぎるわよ。自分の葬式なんだから三万ぐらい出しなさいよ」
「そうかい。悪いが課長。あと二万七千円立て替えといてくんねえか」
「は、はあ」
「なんでえ、はあはあ言って」
「は、はあ」
「まあいいか。……さてと、てめえの面でも拝みに行くか」


 その夜一同は海辺にあるバーに集い、夜が明けるまで飲み明かした。寅次郎が戻ってきたのを一番喜んだのは詠音(よみね)サクであった。心優しいサクは寅次郎の成仏に少なからず責任を感じていたのだ。
 安堵したサクはみんなの前で歌を披露する。


 やがて酔いが廻ったリリーも歌い始める。寅次郎は啖呵売の口上を披露する。
「さくら。おまえ、昔歌手をやってたそうじゃねえか。どうだい、みんなの前で一曲歌ってみねえか」
「しょうがないわね。一曲だけよお兄ちゃん」
「やった~。ずっと会いたかったさくらさんの歌が聴けるなんて。夢が叶ったよ」大喜びするサク。
「サクちゃん、よかったら私とデュエットしない?」
「え?いいんですか」
「もちろんよ」
 さくらとサクは、並んでお立ち台の上に登りマイクを握った。  そして示し合わせたように同時に言った。
「では聴いてください。……さよならはダンスの後に」
 


 さくらに続いて他の村人たちも次々と歌を披露した。
 いつの間にか来ていた山田洋次郎村長も、そんな一同のどんちゃん騒ぎをうれしそうに眺め、助手に命じてカメラで撮影を始めた。後でドキュメンタリー映画にするらしい。


※この物語はフィクションであり男はつらいよのパロディです。
※ヘッダーはネット上の写真を引用しました。


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