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ちはやふる 番外編
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは(古今集 秋 294)在原業平朝臣
近江神宮・近江勧学館
「なにわづに~さくやこのはな~ふゆごもり~いまをはるべと さくやこのはな~」
袴を着た女性の専任読手が滔々の序歌を述べる。
全国高等学校かるた選手権大会A級個人戦決勝
決勝で戦うのは東京瑞沢高校三年の真島太一と幼馴染で福井南雲会所属の綿谷新(あらた)。太一の脳裏には二年前の出来事が去来していた。
高校一年の春。府中白波かるた会が借りている文化センターの控室で、作務衣姿に眼鏡を掛けた原田先生と話す真島太一。
「まつげくん。千早ちゃんと同じ高校なんだってなあ。かるた部とかないんだろ。白波会の練習に顔出しなよ」
小学生の頃にかるたを教えていた原田先生は太一をまつげくんと呼んでいた。
「いえあの……サッカー部に入ろうかと」
「二股はよくないよまつげくん。名人になれん!」
「やめてくださいよ。おれはそんな……先生……。おれ中学でもかるたやってたんです。同好会で細々とだけどかるたやって少しずつ強くなって……。でもわかってくるんスよ。おれは青春ぜんぶ懸けたって新よりは強くなれない」
その後二人は窓の外からかるたの練習試合をする綾瀬千早を眺めた。窓の外まで千早の「どりゃあ」というかけ声が聞こえてくる。千早は中学では陸上部に所属していた。ピストルを聞いて飛び出す練習がかるたに繋がると信じて。
真剣に試合をする千早を呆然と見つめる太一。それを見て原田先生は言った。
「青春ぜんぶ懸けたって強くなれない? まつげくん。懸けてから言いなさい」
あれからおれは青春ぜんぶを懸けてかるたと向き合った。かるたををやる条件として親と約束した学年トップの成績を守ってきたし、中学のときから付き合っていた彼女とは別れた。そして……今おれはA級個人戦決勝の舞台にいる。決勝の相手は新。正直新のライバルにすらなれないと思っていたのに……。あの日の原田先生の言葉がなければ今この場所におれはいなかった。
最終盤お互いに持ち札一枚の運命戦。おれの自陣には「ちはやぶる」の札。新の自陣には「忍ぶれど」の札。次にどちらの札が先に読まれるかで勝敗が決する。
(運命戦。体感的には勝率3割って気がする。でも新相手に運命戦まで持ち込めたんだ。充分だよな……いいや、やっぱり勝ちたい。これから運命戦全部負けたっていいから今は勝ちたい。来い、ちは)
「ちはやぶる~」
自陣にあったその最後の一枚を囲い手をして大事に取ったのは太一だった。
「ありがとうございました」
深々と礼をする二人。
「おめでとう太一。A級個人戦の優勝はおまえだ」
微笑んで手を差し出す新。
「あ、ああ」燃え尽きたような虚ろな表情で新の手を握る太一。
千早は畳に突っ伏して泣き崩れていた。同じかるた部員の大江奏がなだめていた。
表彰式まで控室で待機する瑞沢高校かるた部。
「うわ~ん。太一が優勝したよ~! 新に勝ったよ~!」
溢れていた感情が抑えきれず、大粒の涙を流しながら太一の肩を揺らす千早。
「おい、やめろって千早」
「だって夢が叶ったんだよ~」
「ああ、おれが一番信じられねえ。新に勝ったなんて」
急に真剣な表情になる千早。
「……ねえ太一。私たち付き合おっか?」
「は? 何言ってんだよ。おまえはずっと新が好きなんだろ」
「うん、新は大好きで憧れてたけど。その……恋の方の好きは太一なんだ」
「はあーーーっ! 何なんだよおまえ。おれはずっとおまえは新が好きだと思って……そんで新に追い付きたくて頑張ってきたんだぞ。この二年半」
「私もさ。部長として一生懸命頑張ってる太一が段々好きになったんだけどさ。かるたで強くなってクイーンになって団体戦でも優勝するのが目標じゃん。もし太一と付き合ったらきっと甘えが出るって思ったんだ。だからあんまり恋愛とか考えないようにしてたの。私、一度に一つのことしか出来ないし。……太一の気持ちには気づいてたよ。ごめんね」
呆れ顔になる太一。
「はあ~。おまえらしいな(だけどそんな不器用なかるた馬鹿のおまえが好きになったんだよな。かるた部創ったのもおまえの側にいたいっていうのが動機だったし)」
「ねえ、太一」
「ん?」
「私、太一に勝って詩暢ちゃんにも勝って絶対日本一になる。特訓しよ」
「おいおい、何なんだよその少年漫画の主人公みたいなセリフは」
「だってさ。私がクイーンになって太一が名人になればクイーンと名人のカップルだよ! すごくない!」
「ああ、すごいな」
そんな二人の様子を見てため息をつく他のかるた部員。
「ふう、やっと二人はお付き合いすることになりましたか。随分かかりましたねえ。一時はどうなることかと思いましたよ」
肩を竦める大江奏。
「かなちゃん!」
「おめえら正真正銘バカップルだな。付き合ってらんね~。さ、飯にしよ。勧学館のカレー」とずんぐりした西田優征。
「肉まんくん!」
「僕はお似合いのいいカップルだと思います。ただし勉学を疎かにしてはいけませんよ」とメガネを持ち上げる小柄で秀才の駒野勉。
「机くん! うわ~ん。うれしいよ~。みんなありがとう~」
三人まとめて抱きつく千早。
「やめろって綾瀬。暑苦しいよ」
そこへ敗れた新がやってくる。
「よっ、千早、太一」
「新!」
「太一。正直おまえがここまで強くなるとは思っとらんかった。でも油断はしとらんかったよ。正真正銘おまえの実力や」
「新……おまえがいたからここまで強くなれたんだ。ありがとう」
再び握手する二人。
「おう。おれはずっとおまえが羨ましかった。千早の側にずっとおってな。いつかおまえたちが付き合うと思っとったよ。おめでとうな」
「ありがとう新。また一緒にかるたしようね」
「おお」
「私ね。いつか高校の先生になってかるた部の顧問になるんだ。そして全国制覇」
「だったらちゃんと勉強しなきゃいけませんね」と駒野。
「よし。受験勉強がんばるぞ~」片手を突き出す千早。
「その前にクイーン戦だろ」
「うん!」
※ちはやふるのパロディです。
※13年前に見たアニメを思い出しながら書きました。本編とは無関係です。(漫画は途中までしか読んでません)
※2年前の会話は下の記事から引用しました。