絶版本レビュー 第1回 フリードリヒ・デュレンマット『失脚/巫女の死』
Dミスの定例読書会の課題本を選ぶ時その本がある程度手に入りやすいかどうかが問われることがあります。必ずしも絶版本が推薦されないわけではないですし、実際の課題本となったこともあるように思いますが、とはいえやっぱり推薦しにくい絶版本。
そんな中から面白い本を紹介しようという話です。Dミス会員であればどなたでも構いませんので、書きつぎしていただけると幸いです。あまりにも無味乾燥な企画タイトルなのでカッコいい企画タイトルも募集しています。
今回紹介するのは光文社古典新訳文庫から出ているスイスの作家、フリードリヒ・デュレンマットの『失脚/巫女の死』という中短編集です。
https://www.kotensinyaku.jp/books/book151/
デュレンマットはスイスを代表する劇作家(小説家でもあります)らしいのですが、ミステリ仕立てのものもよく書いたそうで、早川のポケミスからも2冊刊行されています。
巻頭を飾るのは「トンネル」という列車に乗っていると自分たちが長すぎるトンネルを走っていることに気付くという発端の幻想小説です。「失脚」は独裁政権であるらしいとある国の最高会議を描く密室劇。10人以上いる登場人物がすべてアルファベットで表記されます。少しミステリっぽい小説です。
後半2つは「故障」「巫女の死」という小説ですが、個人的には前半2つの小説に比べ断然面白いですし、私がこの本を紹介したいと思った動機もほとんどこれら2つの話に集約されますのでこれらを中心に紹介しましょう。
繊維業界の営業マンであるトラーブスという男が自動車の故障のためにとある田舎に滞在することになるというのが「故障」の発端です。宿もないその村でトラーブスを快く泊めてくれた老人は元裁判官なのですが、近所に住む友人と夜な夜なとある遊びをしているらしく、トラーブスにもそれに参加してほしいと頼んできます。
友人というのはそれぞれ元弁護士、元検事であり、彼らは歴史上の人物を被告人としてその人物の行為について有罪か無罪か模擬裁判を行う、というのが彼らの淫蕩する遊びでした。この遊びに平時とは違うゲストが訪れる時の役割は被告人であることは言うまでもないのではないでしょうか。
真夜中の模擬裁判、どこか怪しげで幻想的なその行いだが、描写にも熱が入っています。
結末に近づくにつれ、どんどんその熱は高まるのですが、さすがに具体的なことを書くのはこの辺りとしましょう。
「巫女の死」は「オイディプス王」、あるいはその元となったオイディプスの物語に材を取った話です。
「オイディプス王」がミステリとしての性格を持っていることについてはたとえば天城一や笠井潔が指摘していますが(笠井潔『オイディプス症候群』や飯城勇三『数学者と哲学者の密室』6章2節などを参照)、デュレンマットは「オイディプス王」そのものをユニークなミステリに改装しています。
デルポイは腐敗しきっており、下される神託はいい加減、依頼者から金銭を受け取ってその人物の意図に沿った神託を下すことさえありました。
女司祭パニュキス11世もそのご多分に漏れず、オイディプスという若者に対して絶対に当たらないであろう予言を伝えます。そう、ご存じの父を殺し、母と寝るというやつです。
しかし後にオイディプスから自身の予言が当たったことを女司祭は伝えられます。
死の間際の女司祭の元をオイディプスやイオスカテなど関係者の思念が訪れ、いかにして予言が的中したのかを藪の中的に語っていきます。
事件の絵解きのかなり後半の方でとあるホワイダニットが生まれるのですが、それへの解答がまた良いんですよ。
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