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097.独自の価値を生む、換骨奪胎と合わせ技

異なったものを合わせ、つなぎ、結びつけ、それまでになかった新しいものに姿を変えるという行為は、日本人が伝統的に親しんできたものです。
わたしたちは、古くから、貝合わせ、歌合わせなどの遊びをしてきました。また、炊き合わせ、抱き合わせなど「合わせる」行為も多く行ってきました。
 岩波書店の「逆引き広辞苑」(④岩波書店、第一版)を見てみると、「○○あわせ」ということばは「歌合せ」をはじめ130もあり、「合わせ××」も合わせ鏡など20近く。同様に、「○○結び」も花結び、蝶結びなど100近く、「○○つなぎ」は顔つなぎ、数珠つなぎなど18が掲載されています。この語彙の豊かさと自在さは、驚異というしかありません。これは私たちの発想の多様さと自在さを示すものです。
異なったものを組み合わせ、結びつけるという行為をこれだけ多様に行ってきたのは、逆に言えば、私たちが遠い昔から、組み合わせ、結びつけることから生まれる新しい発見、驚きに価値を見つけていたということです。こうしたことを楽しめる感性、知性、創造力を備えているということにほかなりません。
生産技術力の基本は、素材、工具、加工法、技能をいったんばらして、組み合わせ、結びつけ、つなぎ、そのうえでインターフェースを工夫することで成り立っています。
知日家で、構造主義の旗手と言われたフランスの哲学者ロラン・バルトは、その著書『表象の帝国』(⑤宗左近訳 ちくま学芸文庫)で、

「《天ぷら》はポルトガルの、もと、四節句中の肉断ち(テンポーラ)の料理に由来する」と紹介した後で、「だが、日本人の例の換骨奪胎の技術によって洗練されて、これはもはやそれとは別な場合の食べものとなっている。」

(『表象の帝国』ちくま学芸文庫)

と書いています。
換骨奪胎とは、元にあるものをいったんバラし、他の要素と結びつけ、つなぎ合わせて再構成することです。その結果、模倣の枠を大きく超えて新しい価値を持った、別のものが生みだされます。
そこに新鮮な楽しみや刺激があり、ユーザーに合わせて洗練されたインターフェースをデザインすれば、それはジョブズが行ってきた行為そのものではありませんか。
 
テンポーラの知識なしに、ゼロから天ぷらを考案するのは、至難の業です。そして、だれでもが、テンポーラから天ぷらを作りだせるわけではありません。模倣を越えてイノベーションへと昇華させるには、その過程で、「新しい価値」への気付きと、求めるゴールを創造するデザイン力が不可欠です。
前述のように、ジョブズも「素晴らしいアイデアを盗むことに我々は恥を感じてこなかった」、「優れた芸術家は真似し、偉大な芸術家は盗む」と語っています。
開発に際しては、ユーザーの新鮮な驚きや喜びを優先し、仕上がりの微妙な質にこだわり、何度でも修正を要求してスタッフとぶつかったそうです。こうした仕上がりへのこだわりは、若いころから傾倒した禅や、深い関心を持った日本の工芸品に大きく影響されたと言われています。
ジョブズのイノベーションを生む斬新な発想は、もしかしたら、西欧流の合理性と日本の伝統的な美意識という、異なった価値観が融合することで生み出されたものなのでしょうか。
フランスの印象派も、浮世絵に刺激されて、新たな境地を開き、絵画史の歴史に残る作品を数多く残しました。これもシュンペーターいうところの新結合の成果ということになるのかもしれません。

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