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僕が続けなかったGABAであなたは英会話をしている

 45回レッスンコースの最終回を受講しているタイミングで、あっ、これって、エンドロール流れてるわ、ということを考えていた。たまに、今、エンドロールだ、と思う瞬間がある。

 その日は上着を羽織ると暑かったけれど、ワイシャツ1枚だと寒かった。インドに行く前日だったにも関わらず、朝7時から英会話のレッスンを受けたのち、もう1レッスンを正午に予約していた。結果、お昼までありあまった時間をどう浪費すればいいのか困ってしまい、品川駅前をぶらぶら散歩していた。カフェになど入ってレッスンの復習をすればいいのでは、とも思ったけれど、望まない消費活動を抑えたいので、歩き回っていた。

 11月27日だった。年末にむけて緩やかに気分が移ろいでゆき、たまった仕事を清算しはじめる頃、なのだろうが、私は1週間前に仕事を辞めてしまった。とても不思議な気分を味わっていた。仕事を辞めた直後は、出勤するべき時間になっても、寝間着にパーカーを羽織ったボサボサの髪のままで、近所の公園を散歩することができた。そのとき齧っていたリンゴの味はもう一生感じることはできないだろうな、と思っている。

 しかし1週間もするとどうしてでしょう。せっかくの1ヶ月近い無職期間、だらだらと過ごしてはいけないと思い、朝に予定をいれまくった。大学のOBOG連中で集まる演奏会が近かったので、早くからカラオケで楽器の練習をした。モニター価格だなんて言ったって、元々がぼったくりなんだから安くもなんともない、顔面の医療脱毛の11回目も午前中におこなった。英会話を朝7時に受けたのも、この考えの延長線に位置する。

 どうしたものか、と考えながら、品川駅のバスロータリーをうろちょろしていた。せっかく車の通行音がうるさいのだから、大声で歌を歌いはじめてしまった。誰も聞いていないし、誰も足を止めてくれない、寂しい路上ライブだと思った。とはいうものの、路上ライブとはそもそもそういうものなのかもしれないので、これは正真正銘の路上ライブなのだ、とも思った。SUPER BEAVERの「東京」だけのセトリ、強気だった。この曲は私と妻の結婚式で2人で歌ったから、自信があった。

 そういえば結婚式でエンドロールは流れなかった。何人かに「ゆうとは最後まで泣かなかったね」「友人代表スピーチのとき、涙が見たかったな」と声をかけられた。自分でも、なんで泣かなかったんだろう、と思う。泣く機会はたくさんあった。泣こうと思えば泣ける、とか意地悪なことじゃなくて、本当に涙があふれてもおかしくない瞬間がいくつかあって、そのいくつかの光景を思いおこすことで、今でこそ涙ぐみそうになる。

 結婚式をしたことは当然ではなかった。昔とは違ってね、婚儀を調うことが減ってるのよ若い夫婦って、という意味ではなく、私と妻がそれをしたことは、当然の成り行きではなかったという意味だ。それを執りおこなう理由を考えるのに、けっこうな時間が必要だった。人生の3分の1を共にしていても、決断こそ安易にはしなかった。
 けっこうな時間をかけて理由を考え、その後1年の時間をかけて準備をしたわりに、結婚式の当日はよく分からないままに終わってしまった。というのは、ハプニングやアクシデントが起きたわけでもなければ、スケジュールを頭に入れてなかったわけでも(多分)ない。ごくごく単純に、イメージしていることと、実際にやることでは全くの別物という事実があった。


 やっと12時になり、GABAに入って、最後の45回目の英会話レッスンを受けた。先生は一番お世話になったクリスティーヌだ。彼女はわたしの拙い文章の組み立てに呆れることなく、喋ることの本質的な喜びを感じさせてくれた。その喜びとはすなわち、聞いてくれる人が確かに存在する実感だと思う。彼女は先生としてではなく、会話相手としていま、そこにいてくれたと思う。

 彼女とは思い出がいくつかある。特に、アメリカ大統領選の選挙人投票が行われた11月16日、夜8時、大国の新たなトップが決まろうとしていた。クリスティーヌはアメリカ人なので、その日は英会話どころじゃねえよ!って様子だったものの、各州の選挙結果を私に教えてくれた。「あの、クリスティーヌ、今日のテキストを進めたいんだけど・・・」「そうね、Yuto、今日のテキサス州の開票結果次第ね」という会話を繰りひろげたのは冗談だとして、アメリカの政治事情について、本当に勉強させてくれた。

 12時40分、レッスン終了の瞬間にエンドロールを感じた。感情が高まるクライマックスではなく、物語が締めくくられるラストシーンでもない。終わることがあらかじめ分かっているときに流れる。そんなことを考えて、どこか寂しい気持ちになるが、予定調和だと思ってしまうと、寂しい気持ちにさせられているだけの気もしてくる。GABAを続けないことも、自分で直ぐに決めた。

 2025年1月7日、転職した会社に勤めて3週間ほど経過した。帰りの電車のなかで、GABAのテキストを開いている男性と目があった。僕が続けなかったGABAであなたは英会話をしていると思った。

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