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【短編小説】森の村の物語

 ハイドは村一番の槍使いだった。
森に囲まれた小さな村では野性動物からの被害が耐えない。
それを捉えて村に肉として提供する、用心棒兼狩人として重宝されていた。

 「ハイド、次はウサギをお願いね!」
洗濯籠を抱えた幼馴染みの女は、図々しく要望だけを口にして去っていく。
片眉を上げて返事をしたが、果たして俺は彼女の目にどれ程映っているのだろう。

 村外れの畑は一周柵で覆われてはいるものの、人気がない分野性動物からの被害は大きい。
柵自体も齧られて穴が開いたり倒されていたりと、そちらの補修も実質ハイドの仕事になっていた。
どこの穴から入ったか、タヌキが一匹入り込んでいる。
前後に脚を大きく開いて重心を下げると、静かに槍を構える。
切っ先はタヌキ。
やつはまだ気づいていない。
ぐっと腕に力をいれて投げると、それはまっすぐに狸の首元を貫いた。
ついでに血抜きまで終わす算段である。

 タヌキの後脚を一纏めにして槍の柄にかけ、ある程度血が出切るのを待つ。
最後のひとあがきを終えたタヌキはぶらりと吊るされるがままだ。

 村に持ち帰り、幼馴染みにそれを見せると、彼女は目を輝かせて喜んだ。
「次はウサギを捕る」と一声かけた俺の声はどこまで聞こえているのか。

 「みんな見て!タヌキ鍋しようーーー!!!」
どこにともなく声をあげる彼女のもとに、村の子供が集まってくる。
「シユリ姉ちゃんの鍋!!!」
「今夜?!今夜?!」
「タヌキだ!!!よくやったハイド!!!」
上から褒めてきた腰ほどまでの身長しかない少年の頭に手を乗せてグリグリと撫でる。
シユリはそれをにこやかに眺め、「ツムギも大きくなったら捕ってきてよねー」と俺の上に手を重ねて、少年の頭をぎゅっと押した。



 深い森に囲まれたこの村に、村人以外が入ってくることはごく稀である。
その日は数年に一度あるかないかの来客で、旅装束の男はレグザと言った。
村長の古い友人の孫に当たると言う。
独身の妙齢がハイドとシユリしかいないこの村で、青年と云うべき風貌の男に子供たちはすぐになついた。
シユリは最初戸惑いを隠せていなかったが、ハイドと共に狩りや柵の修繕をする青年に少しずつ態度を和らげていった。

 青年は村長の友人に当たる祖父から言付けを任されてここにきたらしい。
確かに幼い頃、村人以外の男が何度かここを訪れて、数日村長と酒を酌み交わしていた気がする。
村長の友人は、村長へ土産話ができない代わりに、青年を好きに使ってやってくれと送り出したらしい。
青年は5日ここに滞在し、もとの村へ帰っていく算段だった。
3日目の夜には青年とシユリの距離は格段に近くなり、シユリは俺には見せない顔で青年を見るようになった。

 青年が自らの村に帰って暫くしたころ、シユリの妊娠が発覚した。



 村長の命を受け、ハイドはレグザの村を訪れる。
シユリの現状を聞き、レグザは複雑な顔をした。
思わず、思い切り頬を殴った。

 レグザの父は生粋の狩人で、森深くで大型の獲物を捕らえ、それを大きな街に売りにいく仕事をしていた。
村にはとほんど戻らず、一人村に残された女はレグザを産み、その体の弱さから床から降りれず、暫くして亡くなったそうだ。
祖父母である村長夫妻に育てられたレグザは、その村の次期村長だった。

 「俺はここから離れられない。もしよければシユリをもらい受けたい。後日挨拶に伺おう。」

 その目はまっすぐにハイドを見ていて、一月後、レグザは再びわが村を訪れることになった。




一月経っても、レグザが村を訪れる事はなかった。




 待てども待てども現れないレグザを、シユリは静かに待った。
そのうち深い冬に差し掛かり、レグザの村との行き来も儘ならなくなる。
どんどん腹が膨れていくシユリは、もう雪のない道であろうと、レグザの村までたどり着けるだけの状態にはなっていなかった。
赤子を生めば、益々身動きがとれなくなる。
シユリの表情はどんどん沈んでいった。

 そして、女の子が産まれる。
名を、サリナとした。









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