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【続いてる写経 1297日め】”登山”できることは有り難い
今回の大山登山。
登頂中に、初めて歩荷さんが荷物を運んでいるお姿に遭遇しました。
気合いを入れるため、「うおーーーーーー」と声をあげて一歩ずつ登っていかれてました。
背中に高く積んだ荷物を、急斜面担いで行く姿、迫力ありました。
もしかしたら、この方だったのかしらん?
始めた当初は30kgほどだったが、3年ほど前から70kgまで担げるようになったという。「もっと多くの荷物を担ぎたいけれど、万が一転倒したりして登山客に怪我をさせてはいけないので、ここまでと決めている」
尾瀬では100kgほどの荷物を担ぐ歩荷さんもいるらしいですけど、
大山の歩荷さんは堅実に重量上限を定めてらっしゃるのですね。
確かに荷物が万が一崩れたり、体勢を崩された時のことを考えると、限界よりも余裕がないと怖いかも。
遭遇した歩荷さんには、撮影隊がついていました。
山頂の茶店の看板に、歩荷さんたちの写真が入っていたので、PR用の写真撮影だったのかもしれません。
歩荷さんが苦労して運ばれていた荷物のおかげで、登山客は山頂でも飲料を買えたり、豚汁いただけたり、楽しい登山経験できるわけですね。
ありがたい…。そう思うと、茶店の金額これでいいのかしらん?とも。
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山に必要以上のものを担ぐだけでなく、信仰の証として運ばれたものもありました。
山腹の十六丁目には1716年(江戸時代)に初建されたという石柱。その高さは3m68cm!!麓から担いできたものだそう。大山信仰の深さが現れているとのことです。
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登っているときには、石柱あるなあとしか思ってなかったですけど、めっちゃ大変だったろうな…。
江戸時代の人の足腰は今よりずっと強健で、何人かで連携して運んだのでしょうけど、根性だわ〜。
正直何をここまでして❓とも思ったりします。
その信仰心と行動力、想像がつきません。
よくよく見渡してみれば、大山山頂にある鳥居やら塔頭やら、これ全部下から持ってきたのか。。一体1本何キロあるんだろう?
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ここはヘリ使って荷物運べるのかな?
実は道中、もし自分がここでケガしたら、どうなるのか想像してました。
救援呼んだとして、歩けない場合は担がれていく?
担いでもらえるの?自分?
富士山の場合は、人が担いで行くってきいたけど…。
そんな思いが錯綜し、とにかく自分がケガしないで無事下山できるよう祈念しながら歩きました。
今回登山というのは、謙虚な気持ちで登り、身を守るための細心の気を払う必要があると体感した次第です。
それを教えてくれた大山様、いつかまた登らせていただきたいです。