Living in the moment
一連の流れを経て、気の向くままに動き、好きなことしかできなくなってしまった私は、今に生きるようになった。
今が充実していて、一日にたくさんのことができる!すごい!と思えるようになり、気づけば心配したり思い出したりと、現在を生きていない時間が減った。意識が向かないので直近のことも忘れている。
これが、living in the momentということなんだろうな、と思う。
南アフリカの教授友達
そうして思い出すのが、同じ家に住んでいたSouth African professorのことである。
私が引っ越す数か月前のSummerに、この人はやって来た。Sabbaticalみたいなもので、Fall semesterまではいたはずだ。
「私は元寮長だから、なんでも聞いてねん♪」と話していたところ、3人のhousematesがやってきて自己紹介し、少し話し、去って行ったあとで、
「今の3人の名前、もう一度教えてくれない?1回じゃ覚えられなかったの」
「任天堂のマリオと、国のイスラエルと、もう一人は何も関連するものないや。笑」
と答えたことを思い出す。(ちなみにこのもう一人は、元国連総長と同じ名前なのだ、と後で本人から聞いた。)
年齢は私の一回り上で、子供が2人いて、栄養学のDepartment Headで、大学で出会って卒業してすぐに結婚した夫がいる人だった。毎月花屋さんに来てもらって家に花を飾っており、生理のときには家族中が知っているそうだ。秘密のない家庭を作りたかった、とのこと。
「その年でDepartment Headって、若くない?」
「うーん、そうでもないわよ」
本人の兄弟の数はとても多く、家族はみんな近くに住んでいて距離が近い(心理的にも)らしい。時々面倒になって、遠くに住みたくもなるそうだ。
「素敵な夫も子供たちもいて、仕事もうまくいってて、いいね」と言ったところ、
「友達は私の人生をおとぎ話のようだと言うから、参考にならないかもしれないけれど…I just love living in the moment」
と返してくれた。これがとても印象に残った。
この人好きだ、から始まる
ぶるぶるに来てcohortと合わない騒動を経て思うのは、合わないところがある人だとしても、この人好きだ!興味がある!と思えたのならば、仲良くなれるということ。この人に会えてうれしい!話してみたい!興味ある!と思っていると、表情も感情表現もあまりない私でも態度に出るわけで、相手からの印象も全然違うのだろう。
好かれるかどうかを考えるより、うれしい!が勝って、気にならなくなる。つまり、私はcohortのことが好きではなかったのだ。苦笑
話を戻して、この人と仲良くなったきっかけのひとつは、私のthesis advisorも南アフリカの人ということで親近感があり、ほかにSouth Africansがあまりおらず、会ったことがなかったこと。
Advisorのアクセントがおもしろくて好きなのだ、という話をしたところ、
「South African whitesは英語が下手でracistなことが多いのよ」
「あなたはいろんな趣味や特技があって(絶対音感とかね)、box of surprisesですごいわね。夫と話したんだけど、私たちのときにはそんな機会はなかったのよ」
と、Apartheidにからめた話をしてくれた。South Africaは治安が悪いので、アメリカのこのあたりは安全なの?と何度か聞かれた。
教授たちと共に
そうして、なぜか、上記のマリオ(彼はスペインの教授)と3人でワイナリーに行ったり、素敵なレストラン(といっても、家の向かい)に行ったりするようになった。
「僕たちは今よりも素敵な家に住んだり、車を買ったりすることはできる。でもね。そういうものにはきりがないから、今で十分なんだよ」
と、教授トークを聞いたりした。
Wineryで、外で飲むならプラスチックカップじゃないとだめ、と言われたときに、
「私はそんなの受け付けないわ」
と平然と言っており、相手スタッフも、そうですよね、というかんじで特例でグラスで飲むのを許してくれた。
それが、当時の私には衝撃だった。アメリカに長くいれば、聞けば通ることがあるのもわかっているけれど、その扱いが当然だ、と振舞えるのはすごいな、自信があるんだな、と感心したものだ。当時は自分の価値も低く見積もっていたし、私が主張するなんておこがましい、と思っていた。
「すごいね、その自信。そう扱われるのが当然よねって振舞っていて本当にすごい」
「そんなことないわよ」
開示すると距離が縮まる
そして、もうひとつは、当時の私の元彼が、この人と民族的に近かったことだった。
私は秋からDCに引っ越すことになり(仕事は決まっていなかったが、不安もなかった)、家を決めるため、2回DCに行っていた。場所を探して連絡を取り、見に行く、ということをすべてひとりでやっていることに、この人はとても驚いていた。
「うち、家族の距離が遠くて、送り迎えとかしない家だったから、全部自分でやるのが当たり前になったんだよねえ」
「それでこういう人となりになったのね」
そうして、家を決めて戻ってきたとき、
「新しい家を決めてきたんだけど…その夜、Airbnbの部屋で大泣きしてしまって。元彼とは数か月前に別れたんだけど、これで本当に終わりなんだと思って」
と、打ち明けたことで、距離が縮まった感覚があった。
そうして引っ越すことになったとき、せっかく気の合う人を見つけたのに引っ越してしまって悲しいわ、と言ってくれたし、その後訳あって数日間戻ってきたときにも、泊まらせてもらった。
「元彼、あなたのことまだ好きだと思う?」
「うーん、わかんない。どうだろう」
以降Birthdayにはメッセージをくれるし、SNSもお互いに見ている仲である。ぶるぶるは、東京よりは近いので、会いに行きたいなー、と思うのであった。
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