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【読書日記】 「果ての海」 花房観音 著

北陸の温泉街、東尋坊、逃げてきた訳ありの中年女性・・・ときたらこれはもう、「火曜サスペンス劇場」ですよね!
立ち並ぶ岩の棒に砕け散る日本海の波、オープニングの音楽が頭の中を駆け抜ける・・・、タイトルを見ただけでみなさん、想像することは同じでしょう。


火サスを小説で読む感じ

ずっと読みたかった本書が文庫本になっているのを発見し、購入しました。

「果ての海」 花房観音 著


こう言う表現はアレなんですが、話の流れは大体私たちが思い描く通りなんですよ。
内縁関係の夫がロクでもない男、そんな男から逃れるために遠い場所へ、しかし逃げた先でも煩わしい人間関係が構築されていく。
そんなこと、言われなくても想像できますよね。
働くと言うことは何かのコミュニティに属するわけで、そうなるとそこでの人付き合いはどうしても発生してしまいます。
でも、登場人物たちの心理状態の描写が私たち読む側に、ある時は同意させるし、ある場面では、「え?そんな!!」と反発させたりするので、やっぱりこれが小説の醍醐味なんだと思いました。

小説はざっくり2パターンという私の持論

小説は大きく分けて二つなんじゃないかと常々思っています。

ひとつは、スタートはこの世の日常なんだけどいつの間にか読者はファンタジックな世界に連れて行かれていて、市井の私たちにはまず起こらないようなドラマを擬似体験させてくれるパターンと、もうひとつが超現実的で、「ああ、あるよあるよ、そういうこと」と、まるで私たちのすぐ近くに小説の中の人々が暮らしている、と親近感を持たせてくれるパターン。

今回の「果ての海」は後者なんですが、親近感が湧くかどうかは・・・。
わりと最初から、ひとりの中年女性の暮らしを好奇心でのぞかずにはいられないような、覗き込んだ結果、スリリングに感じてどんどん読み進んでしまう一作です。


公式あらすじ

ロクでもない男がロクでもないことになったから逃げる

<あらすじ>

男が死んだ。
現場の状況からして、絶対に主人公・圭子が犯人にされてしまう。
圭子は警察に捕まるわけにはいかない事情があり、顔の整形をして名前を変え、全くの別人となって北陸の温泉街へと逃げた。

圭子が名前を変え、顔も変えて別人になる手助けをしたのが、鈴木太郎という若い男。
出会い系サイトで知り合った、新宿・歌舞伎町でホストをしている男だった。

福井県の温泉旅館に住み込みの職を得た圭子は、静かに暮らしていこうとするけれど、収入を増やすために始めたコンパニオンの仕事や、中年ストリッパーのレイラ、彼女のマネージャーをしているヒロ呼ばれている男性などと知り合い、新しい土地で人間関係ができてしまう。

やがて、捜査の手が福井まで伸びてきて、圭子は逮捕される。

主人公が守りたかったもの

先ほど、小説には2パターンあり、この作品は私たちの側にこういう立場、事情を抱えた人がいるのかも、と思うけれど、彼女に親近感を持つかどうかはわからない、と書きました。

圭子の暮らし、生き様はおそらく大多数の日本の女性からはかけ離れているけど、彼女がなぜ警察の捜査から逃れるために北陸に身を潜めなくてはならなかったのか、もし自分に子供がいれば、と想像すると必ず理解できます。
圭子が逮捕された後のエピソードで、圭子の娘・灯里が登場し、母が暮らした温泉街を訪ねます。
その時に、圭子と一緒にコンパニオンのバイトをしていた聡子という、灯里と同世代の女性と圭子を語るシーンがありますが、ここがすごく良かったな、と思います。

地方の温泉街なので、コミュニティとしては狭く、ほとんどの人たちと顔見知りな環境では、かえって自分の全てを見せたくないし知られたくないものでしょうけど、圭子と聡子には信頼関係ができていたと感じました。
この章で私たちは、なぜ、圭子が北陸の温泉街でひっそり生きようとしたのかを知ります。

この人をもっと知りたい!

私としては、歌舞伎町のホスト、鈴木太郎のスピンオフ小説が出て欲しいな、と思っています。
彼が、「日本で生まれたけど、日本人ではないし学校へも行っていない」と語る場面があり、また、圭子に新しい携帯を用意したり、地下「整形医」を紹介したり、時には圭子を福井まで訪ねて来たりするあたり、どんなバックグラウンドを持った人物なのか気になります。
彼は小説の中では、「太い客だった人妻」から恨みを買って殺害されてしまうのですが、もう何十年も前から日本にある治外法権みたいな歌舞伎町では珍しくないことなのかも。
圭子にとって命の恩人的な人物だけど、こんなあっけない命の終わり方が起こってしまうところが歌舞伎町なんでしょうか。

味のあるふたり

もうひと組、脇役ながらピカピカ光った存在感を放っているのが、中年ストリッパーのレイラと彼女のマネージャーのような役目をしている「ヒロさん」。
初めてレイラが登場した時から、私はこの人は曲者だな、と思っていました。
物語の終わりで、ヒロさんの正体も明らかになり、こういう人たちが狭い温泉街コミュニティには必要なんだろうな、と心強く感じました。

現実的で人間模様を感じる小説を読みたい、という時には、ぜひ手にしていただきたい作品です。

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