「五十肩+肉離れを添えて」
1ヶ月ほど前から右肩に痛みが走るようになった。特に後ろに腕をやると痛い、と言うか痛みのために後ろに行かない。
例えば、朝起きて洗顔のために髪をひとまとめにしようとするが、痛くてできない。
左腕が「おい、もっとこっちに来い!」みたいなことを言うのだが、
右腕は「いや、もうムリっす。これ以上、そっちには行けないっす」と泣く。
左腕「しょうがないなあ。オレがもうちょっとそっち行くわ」
と言うような会話がなされているような気がしている。
結果、なんとかまとめた髪はやけに右寄りである。
着替えの時も同じことが起こる。
シャツをパンツやスカートに入れる際、右腕が後ろウエストの真ん中まで届かない。痛いからだ。よって、左手がぐるっと回ってくる。
着替えの時のみならず、トイレに行くたびに左手が大活躍。
ありがとう、左腕!
ネットで「五十肩」と入力すると、鬼のような量の結果が出てくる。
その多くが、「しばらく不都合だがやがてと治る」と言うものだ。
この「やがて」は人それぞれらしく、ある人は半年ほどだし、長い人で5年もの歳月がかかっている。
私の「やがて」が半年であることを願ってやまない。
さて、日々、右腕の痛みを抱えながら暮らしているわけだが、ここにきて右脚の痛みが参戦してきた。
週末、買い物に行こうと駐車場に向かった。スロープを使わず、手前の段--30センチほどの高さだろうか--をトン、と下りた。その瞬間! 右ふくらはぎにピキッと痛みが走った。
足元がよろめいたがなんとか持ちこたえ一歩を踏み出したが、ふくらはぎが痛くて微妙な歩き方になってしまう。
その日は痛みを感じつつ過ごし、翌日はかなりマシになっていた。
3日目の月曜日朝は脚の痛みは引いていて、「お、治った治った」とホッとした。
そして、いつものように学校に行く息子に付き添って自転車置き場へ下りた。
登校は友達と一緒なので、マンションの端っこまで行って、息子が友達と合流するのを見届けてから部屋に戻るのが、私のルーティン。
自転車の息子に合わせて走り出そうとしたその瞬間、右脚に痛みが走った。
この前と同じ部位、この前よりはるかに激痛!
歩けなくなりそうな痛みだが、息子の手前、なんとか早足で歩いていつもの角で見送った。
先日、ホームランを打った西武の山川穂高選手が、肉離れで戦線離脱というニュースを読んだ。ダイアモンド上で足を痛め、歩いてホームベースへ戻ったそうだが、分かる! 本当に痛いのだ。
3階の我が家に戻るとき、いつもなら階段を使うのだがこの日ばかりはエレベーターに乗った。
近所の整形外科へ行った。
受付でふくらはぎを痛めたことを伝え、待合室で腰を下ろすと、目の前に神戸新聞の切り抜きの拡大コピーが貼ってあるのに気づいた。
『放置しないで、五十肩』
五十肩は、誰しもが通る道で、これといった治療薬、治療方法もないし、両方同時に発症することもないし、そのうち治るから、という理由でほったらかしにする人が多い。
しかし、時に五十肩は眠れないほどの痛みを伴ったり、かばっているうちに肩関節の筋肉が固まったり、可動域が著しく狭まったり、と重症化したり、腱が切れてしまう腱板断裂など、別の症状を引き起こしてしまう。
だから、単に五十肩、時期が来たら治る、と楽観したり我慢したりせず、一度整形外科を受診しましょう、と記事は述べていた。
渡りに船、とはこのこと。
先生にこの肩の痛みも相談してみよう。
診断の結果、まずふくらはぎは「軽度の肉離れ」。
加齢により、筋肉のしなやかさは失われつつあるものなので、急に動いて脚に負担をかける動きはしばらく控えてください、と言われました。
3週間ほどで治るでしょう、と言われ、ひと安心。
続いて右肩。
これは予想通り五十肩でした。
先生が、私の左腕を取り、上下左右後ろ前と動かし問題ないことを確認したのち、右腕も同じように動かしましたが、やはり上と後ろが厳しい。
レントゲンも撮って、他の病気は隠れていないことが分かり、五十肩との診断。
「五十肩ストレッチ」を教えてもらい、一日2回、朝晩必ずやるように言われました。
私の症状はかなり軽いものらしいですが、今まで何の痛みも感じずできていたことができなくなってしまうのは不便なもの。
それに、これよりもっと痛みが増したり可動域が狭くなることもあるわけだし。
今回、五十肩と肉離れを経験して、やはり脚が痛い方がきついな、と実感。
肩が上がらないのも不便だけど、足は移動手段。
これからは、ストレッチを入念にして下半身を痛めないようにしようと思った次第です。
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