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韓国文学の読書トーク#03『長崎パパ』

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「新しい韓国の文学」シリーズをテーマ本にした読書会形式の連載「韓国文学の読書トーク」。第3回のテーマ本は『長崎パパ』、語ってくれるのは「100年残る本と本屋」を目指す双子のライオン堂の店主・竹田信弥さんと読書会仲間の田中佳祐さんです。

田中:みなさんこんにちは。今月も本屋さんの片隅から、僕たち二人の読書会の様子をお届けしたいと思います。
竹田:本の話ばっかりしてたらお腹すきました。
田中:竹田さん料理好きだから、豚骨煮てラーメン作ってましたね。
竹田:あー懐かしい。ラーメンを一から作ってみたくて、夜中に急に買い出しに行って、煮込み始めたやつね。
田中:じゃあ、ライオン堂でラーメン出せますね。
竹田:そんな甘い世界じゃないよ。でも、本屋とラーメン屋のコラボはまだなさそうだから取材来るかな?
田中:ラジオに出れるかもね。というわけで、今回紹介するのは、「新しいの韓国文学」シリーズの3冊目『長崎パパ』(ク・ヒョソ著、尹英淑・YY翻訳会訳)です。
*『長崎パパ』の冒頭ためし読みはこちらから

田中:まずは、あらすじを紹介しましょう!
竹田:毎度思うんですが、あらすじを説明するのってほんと難しいですね。
田中:大変だけど、誰かに物語をおすすめするときに、すごく重要なところです。がんばろう。
竹田:美味しい銀ダラの味噌焼きを作る料理人のユナは、長崎にあるレストラン「ネクストドア」で働いています。故郷の韓国を飛び出し、日本にお父さんを探しにきています。しかし、物語が進んでいってもユナはお父さんと会おうともせず、あまり執着心を見せることはありません。
ユナは長崎の町で、繊細な人間関係を築いていきます。おせっかいなミル姉さん、長文のメールを送ってくる母、ネクストドアのどこか憎めない同僚たち。長崎の街で暮らす彼女の視線はいったいどこを向いているのでしょう? という物語です。
田中:キャラクター造形が印象的でした。良い日本映画を見てるような感じ。「ネクストドア」でのささやかなパーティーを催す場面とか。
竹田:日本映画っていろいろあるけど、例えば?
田中:小津安二郎とか、山田洋二とか、いい三谷幸喜とか。
竹田:いい三谷幸喜(笑)僕もどこか昔のいい日本映画っぽい映像で脳内で再生してました。好きな場面があって、大きな柿の木を背景に一人の青年が闇に紛れて逃げるシーン。これは韓国の田舎町の描写だから、日本の風景じゃないんだけど。

 うるうる光る凛とした柿の木、銀粉を撒き散らしたような庭、月明かりで星一つ見えない蒼い空、そして真っ白な雲の塊。そんなものが一斉に目に押し寄せてきて、体の芯まで沁み入るのよね。寒さのせいなのか、悪夢のような非現実感のせいなのか、私の脚はただガクガクと震えていた。
 柿の木が大きかったから、その下で息を切らしている父さんの後ろ姿はとても小さく見えたの。鄭君の姿はまるで月の中に逃げ込んだかのように跡形もなく消えていたし。畑には一面の野菜。風さえなかった。いつの間にか、シロも静かになっていた。こんな時だというのに、なんて美しい風景なんだろうと思った。私の頭、どうかしてたのかもしれない。
                        (『長崎パパ』P305)

田中:そうかと思うと、小説らしい鋭い描写もある。作品の場面転換に、その魅力が詰まってると思います。
竹田:普段はおせっかいなミル姉さんが、とても切れ味のあるセリフを言って場面が転換するところとかね。
田中:他にも面白いところが沢山あって、日常のシーンを読むのが楽しいですよね。
竹田:『けいおん!』(かきふらい、芳文社)ぽさがない?
田中:日常系アニメってこと?
竹田:そうそう。彼らのスピンオフがあったとしたらいつまでも読んでいたい。

田中:主人公のユナが、特に魅力的な人物ですよね。
竹田:僕は、主人公の視線がとても温かく感じたんです。それはただ人に気をつかっているとかの優しさからくるものとは違って、ユナという語り手の正直さからくるのかなと思った。あれよあれよという間に読み終わってしまった。
田中:読んでいる最中、自分自身の感情や思考がどんどん変化していく作品だと思いました。
竹田:物語には内容と構成があると思うんですけど、構成もいいですね。冒頭急にラジオのシーンから始まるでしょ。
田中:ステレオタイプなレッテル貼りのようなエピソードから始まってびっくりしたけど、その後から面白くなっていって、作品に引き込まれました。
竹田:物語の構成上、ラジオシーンが重要になる。もう1つ、本当なら終わってもいいところで終わらない。読者の僕も、もっとこの人物たちの物語を読みたいと思うし、それをしっかり満たしてくれる。

竹田:田中さんはどうですか?
田中:僕も好きな構成があります。お母さんから送られてくる長いメールが、物語の所々で挿入されているところです。
序盤のメッセージはちょっと恥ずかしいというか、自分と両親の関係性を考えてしまって少し複雑な気持ちになりました。両親って、子供のことをわかったつもりになって決めつけてくる。
竹田:そうね、うちの親はあんまり決めつけで言ってこないけど、それでも「お前はこういう性格だから」って心配されると、ありがたいけど鬱陶しいなと思っちゃいますね。
田中:正直に言うと、最初はユナのお母さんのことを軽く見ていました。でも、物語が進むとともに感想が変わっていく。このメールを軽視していた僕が愚かだった。それに気がついたときに、この物語の全体が誰かを守ろうとすることがテーマになっていると感じました。
竹田:確かに。
田中:登場人物は完璧じゃないけど、なにかを守ろうとしている。その人にとっての家族の形だったり、自分自身だったり、会社の従業員だったり。誰かを守るっていうのはおせっかいなことです。でも、そのおせっかいな行為が親切に変わったり、愛に変わったりすることがある。
竹田:キャラクターの心の変化がリアルに描かれているからより際立っていますね。

竹田:作品には社会的なテーマも沢山盛り込まれていました。
田中:舞台に長崎が選ばれていることからもイメージできると思いますが、現代で今も起きている差別の問題や過去に起きた悲惨な出来事や迫害の歴史が、物語に並走している。
竹田:普通このテーマで書かれると身構えてしまったりしちゃう。でもこの小説はかなりストレートに社会問題をしっかり書いているのに、説教臭くないんですよね。
田中:読んでいて、『忘れられたその場所で、』(倉数茂、ポプラ社)を思い出しました。エンターテインメント性のあるミステリ小説であり、ハンセン病への差別をテーマにしています。当事者ではない人が、社会問題にどう触れるかということについて考えるきっかけを与えてくれます。関係ないからと言って、恐れなくていい。
竹田:同じ著者の『あがない』(河出書房新社)もぜひ読んで欲しい。

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田中:そろそろおしまいの時間ですが、言い残したことはありますか?
竹田:絶対に全部読むことをおすすめします。実はこの対談では触れていないことがあるんですよね。すごくしゃべりたいけど。
田中:そうなんです。これから読む皆さんの楽しみのために、秘密にしておきました!本当に全部読むことをおすすめします!

田中:来年の夏休みは、長崎にいきますか。
竹田:本場のリンガーハットに行きたい!
田中:チェーン店だから東京でも食べれるでしょ。
竹田:いや、築地の吉野家の牛丼は一時期和牛だったんですよ。本場限定のメニューがあるかもしれない。
田中:本場の長崎ちゃんぽんだから、カラスミ乗ってますかね。
竹田:口の中真っ黒になっちゃうからなぁ。
田中:それはイカスミだよ!
(このあと二人は、長崎グルメトークに花を咲かせるのであった)

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◆PROFILE
田中佳祐
街灯りとしての本屋』執筆担当。東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。たくさんの本を読むために2013年から書店等で読書会を企画。企画編集協力に文芸誌「しししし」(双子のライオン堂)。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。

竹田信弥
東京赤坂の書店「双子のライオン堂」店主。東京生まれ。文芸誌「しししし」発行人兼編集長。「街灯りとしての本屋」構成担当。単著『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著『これからの本屋』(書誌汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)など。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J・D・サリンジャー。
双子のライオン堂 公式サイト https://liondo.jp/

◆BOOK INFORMATION
新しい韓国の文学03『長崎パパ』
ク・ヒョソ(具孝書)=著/尹英淑(ユン・ヨンスク)、YY翻訳会=訳
ISBN: 978-4-904855-05-8
刊行:2012年3月
http://shop.chekccori.tokyo/products/detail/54

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