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「自然派ワイン」の難しさ

 ソムリエ協会発行の【Sommelier 2023年3月刊】に自然派ワインに関する、非常に勉強になる記事が掲載されていました。

『日本の自然派ワインの現状をどう分析していますか? ~安蔵光弘氏に聴く』取材・文:小原陽子
 このタイトルで9ページにわたって掲載されている特集記事が、専門的かつ分かりやすく「自然派ワイン」を解説していて、それだけでなく自然派ワインを語る者のほとんどをぎくりとさせる、そんな内容になっています。


日本市場は「自然派」という言葉に振り回されている

 冒頭の序文からかなりシビア。

 日本ワイン業界は近年非常に大きな盛り上がりを見せており、全体としての品質は明らかに高まっています。多くの新規ワイン生産者が現れ、日本ワイン業界が活気づくのは良いことです。しかし残念ながら中にはブドウ栽培やワイン醸造の基本を知らないまま、ロマンだけで造られた欠陥ワインの流通を許容している場面も散見されます。それらのワインが「単に生産量が少ないだけ」であるにもかかわらず「希少だ」とメディアに取り上げられ、消費者がそれに飛びつくという市場を、本業であれ、趣味であれ、ワインに深く関わっておられる読者の皆様はどう見ていらっしゃるでしょうか。
 一方で日本市場は日本ワイン、輸入ワインに限らず「自然派」という言葉に、語弊を恐れず言えば「振り回されている」市場でもあります。海外からは「日本市場なら失敗した臭いワインでも自然派と言えば売れる」とみなされていることをご存知でしょうか。その傾向は、本来なら欠陥とすべき「日本ワイン」に対する寛容さにも表れていると言えるでしょう。ー以下省略ー

 頷けますね。頷けすぎて首が痛い。
 私は、レストランのソムリエとしてワインリストの構成には注意を払っているつもりです。王道の、誰もが知るような生産者のワインだけでなく、特に最近は上質な「自然派ワイン」もオンリストして、目新しさがいくらか見て取れるワインリスト作り。しかしその上質な自然派ワインに巡り合うには相当な忍耐力が必要となります。
 なぜなら、私の経験上クリーンでおいしい「自然派ワイン」は少なく、探し出すのに時間がかかるからです。
 先日参加した飲食店・酒販店向けの自然派ワインに特化した合同試飲会では、およそ半数のワインが飲めたものではありませんでした。私は自分のことを優れたテイスターとは決して思っていませんが、それらのワインは明らかに還元臭、豆臭を放っており、まず私自身の好みではなかったのです。そしてもしそれらを店に置いたとしても、よっぽどの物好きなお客様からしかお金を取ることはできないでしょう。
 しかし、それらワインの輸入元はおすすめワインという形で試飲会でラインナップしていますし、私の隣では「うまいねぇ」とうっとりした顔をする参加者が何人かいたのには本当に驚きました。
 これが今のトレンドなのか!?自分の舌がおかしいだけなのか!?となんの収穫もないまま自信を無くして帰ってきましたが、後日、信頼している酒屋の主人にその話をすると、酒屋の主人も同じ試飲会に参加していたらしく、「全然いいワイン無かったですね」という同様の感想を聞いて、ほっとしました。

「自然派だから頭痛が起こらない」というプロを信じてはならない

 過度に亜硫酸が添加されたワインを飲むと頭痛を起こすのだとなんとなく思っていたがそれは間違った理解でした。
 実は亜硫酸と頭痛は全く関係ないらしいのです。
 頭痛は「生体アミン」という物質が関係しています。

[生体アミン]ヒスタミンとチラミンを主体とする化学物質。デカルボキシラーゼ活性を持つ微生物によってアミノ酸が分解されることで生成する。頭痛の他、吐き気や顔の紅潮などがもたらされる。最近の研究で醸造初期に亜硫酸を少量添加するとその発生リスクが大幅に抑えられることが判明している。

Jancisrobinson.comの和訳: http://vinicuest.com/2021/09/18_sep_2021/

 つまり亜硫酸を入れないから頭痛が起こらないということは、ない。
 生体アミン発生を防ぐのに有効な亜硫酸添加は、30ppmという極少量でいい。
 さらに言うと、市販されている培養酵母や培養乳酸菌は、生体アミン生性能のないものが選ばれているらしく、それらを使えば亜硫酸を使わなくても生体アミンの生成リスクが最小限になるようです。それらも使用しない自然派が、「自然派だから頭痛が起きませんよ」と言うのは矛盾の極みであり、ソムリエや生産者らワインのプロがそのような事を言おうものなら己の無知をさらけ出し、たちまち信用を失ってしまうということです。
 この記事を読んで本当に良かった。

[亜硫酸添加量のスケール感]
日本の法定最大添加量は総亜硫酸として350ppm。INAOが定めた「自然派ワイン」の定義とされるヴァン・メトード・ナチュールで認めている添加量は30mg/L。自然派推進派のイザベル・レジュロンMWが運営するRAWワイン・フェアで出店するワインの亜硫酸量の上限は70mg/L。
※mg/Lはppmとほぼ同じ。


pH/りんご酸/濁度などのパラメーター

 またこの記事では、ブドウの栽培、ワイン醸造の各工程で存在する幾つものパラメーターの意味と測定することの重要性が紹介されています。

[pHの重要性]
ワイン醸造においてpH3.8以上となる場合はリスクが非常に高まる。1つは亜硫酸の効果。酸化防止および微生物増殖抑制の効果があるのは遊離亜硫酸のみで、特に「活性型」の遊離亜硫酸は効果が高い。pHが高くなるとどんなに亜硫酸を加えても活性型が出来なくなるため効果が弱くなる。2つめは微生物安定性。pH3.8を超えると酢酸菌や悪玉乳酸菌の増殖抑制が難しくなるため、欠陥臭のリスクが高まる。亜硫酸の効果も低下するのでそのリスクは非常に高い。

 ブドウの完熟を目指そうと糖度ばかりに気を取られているとpHが上がりすぎてしまい、高くなったpHを修正することは非常に難しいようです。
 pHを見ながらベストなタイミングで収穫が出来れば、たとえ亜硫酸を加えなくても微生物の汚染リスクがかなり下げられるという事になります。

[MLFとリンゴ酸]
リンゴ酸が0.2g/L以上残留しているワインは微生物安定性に問題があるとされるので、MLF(マロラクティック発酵)の完了、亜硫酸添加や濾過などの対策を考慮するのが教科書的な基本。リンゴ酸が残っていて、無濾過、亜硫酸無添加となれば瓶内に残っていた菌によって好ましくない二次発酵が起こるリスクが高まる。この二次発酵では当然ワインの味わいも変わるし、欠陥臭が発生する可能性もある。

[NTU (Nephelometric Turbidity Unit)]
液体のにごりの度合いを測る単位。特に発酵前の果汁と、瓶詰前に測定することでそれぞれ重要な意味がある。一般的に発酵前は200~300ぐらい必要だと言われている。あまりにクリアだと発酵中に吟醸香に代表されるエステルが発生してしまう。瓶詰時の判断は1桁で3以下。当然目視での判断は無理であるから測定器が必要になる。

  この記事を読んだことで、いままで幾度なく感じていた「自然派ワイン」の味への違和感が紐解かれた気がしました。自分の感覚は間違っていなかったんだって。
 「おいしい」という感覚はあくまでも個人の主観で、好き嫌いには個人差があって当然です。けれど「おいしい」の基準をあげることが出来ます。おいしい自然派ワインを知っていれば、それを個性ではなくて単なる欠陥だと判断できるのです。
 生産者はテロワールを表現するために様々な努力をして、そのなかには数値的な分析も含まれているからこそ、販売する側、消費する側は商品そのものの質を評価してあげた方が作り手側も嬉しいですよね。
 ソムリエとして、酒販店として、生産者の哲学的、情緒的な側面のみを伝えることなく、本当においしいと感じるワインを発信していきたいですね。


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