煙突の見える街
昔、、朝一番の新幹線に乗って川口という街によく行った。
埼玉の川口である。
名古屋から人でごった返す東京駅まで出て、それから京浜東北線でSOGO百貨店が聳え立つ川口駅まで行く。
好きだった女がいつも迎えにきてくれて居り、まずは彼女の実家に挨拶に伺い、おばあちゃんの好物の大和屋の守口漬けを置き、お茶で一服してから彼女の暮らすマンションに向かった。
高層の窓から煙突があちこちに見える、小さな町工場が立ち並ぶ街だった。
彼女が名古屋の大学を出て、僕と同じ会社に勤めていたという他愛も無い出会いであったけれど、男らしいサバサバとした気性に惹かれた。
そのサバサバとした性格が仇になってしまうこともあったけれど、一緒にいて凄く気持ちが安らぐ女だった。
たった一度だけ、彼女の父親に連れられてオートレース場に行った思い出がある。
生まれて初めて、赤味噌ではない白味噌のどて煮を立ったまま喰った。
役所勤めにしては堅苦しくなくて、「競輪が好きなんだって?」なんて笑いながら聞かれた。
「色川さんの影響で、、」なんて、ちょっとカッコつけて答えると、「名古屋のあの辺は神社だらけの下町だものね」っと江戸前訛りのイントネーションが新鮮だった。
彼女が名古屋に暮らしている時分に、ひと月に一度は来名していたことをそのときに初めて知り驚いた覚えがある。
昨年の暮れにその親父さんが亡くなったという知らせが二月に入って実家に届いていた。
早速、現住所と工場の住所を記した紙切れを送ると、自分の城である設計事務所をバックに「熱田神宮の参道の焼肉食いてえーっ」って社名入りの葉書が届いた。
名古屋のあのデカい男、よく喰ってよく呑んだよなぁ、、酔うと呆れ顔で笑って言ったという。
惚れた晴れたなんて、、今は昔。
雪解け水の様な澄んだキレイな優しい思い出です。