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#36 私の生い立ち③-CEO窪井

こんばんは、株式会社ctow 窪井です。先日から私の生い立ちを書いているのですが、今日は高校時代を日記にします。生まれてから中学生までの出来事は、以下の記事をご覧ください。

陸上部を一年半で退部

高校時代は、特に目標もなくなんとなく過ごす日々でした。高校でも中学校から続けていた陸上部に入ります。ですが、高校の受験勉強期間、陸上の練習を一才していなかったので、高校入学後1年経っても、中学校のベスト記録まで戻ることはなかったです。さらに、顧問が厳しい先生で、毎日怒られてばかりだったので、初めて部活を「楽しくない」と思うようになりました。結果、1年半で陸上部を退部しました。今思えば、好きなことだけして自由に生きてきたからこそ、厳しい環境に耐えられなかったんだろうと思います。

退部後、大学受験勉強を始める

高校2年の半ばには帰宅部となった私。中学校からの4年間、毎日行っていた部活が急になくなり、時間の使い方がわからなくなりました。正直に退部後、何をしていたのかあまり覚えていません。暇すぎて発狂したのは記憶に覚えています。大好きな友達はみんな部活を続けていたので、遊ぶ相手がいない。小学校からずっと友達をふざけ続ける日々だったので、1人での時間の潰し方がわからなかったです。孤独に耐えきれなくなり、もう一度陸上部に戻ることを決めました。それまでは、短距離だったのですが、急に長距離がやりたくなりました。ですが、一度退部を告げた短距離の顧問にこう相談しました。

「もう一回入部させてください!」
「次は長距離がしたいです!」

顧問の先生は言いました。

「ふざけるな」

・・・そりゃそうですよね。短距離が嫌で退部した人間が、次は長距離をやりたいから復活させてほしい、と。職員室で大激怒されました。「もう陸上部には戻れないんだな」と、覚悟を決めた私。高校3年の前になっていたので、大学の受験勉強を始めようと決めました。それまでは、授業中=睡眠の時間だったので、勉強も全くついていけず、模試の点数は悪かったです。特に英語と化学が壊滅的でした。ですが、楽しい講師との出会いで、点数は上向き始めます。英語は、東進ハイスクールの講師の方が面白くてハマり、化学は、あまりにもわからなすぎたので、放課後化学の先生に時間をもらいほど毎日質問しにいっていました。結果、マンツーマンで教えてもらえたことで、点数は上向きました。

高校生活の途中までは、このようになんとなく生きる日々が続きました。中学生の時には、母が同じ学校にいたことで、周囲の目が気になっていた私も、高校に入るとあまり気にならなくなっていました。

高校時代は、夢も目標もなくただ時が過ぎていく感じでした。

そんな私が大学に進学し、テレビ局で働き、28歳で東京に来て起業するまでの話はまたいつかnoteにしようと思います。