アン・クリーヴス『炎の爪痕』(玉木亨 訳) 感想
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つい先日、アン・クリーヴスのジミー・ペレス警部シリーズの第八作でシリーズ最終作、『炎の爪痕』を読みました。このシリーズは英国北部のシェトランド諸島を舞台にした謎解きミステリです。
アン・クリーヴスの謎解きミステリの醍醐味は、何と言っても多面的な人間心理の描写のうまさと謎解きミステリとしての展開のうまさが有機的につながっていて、切っても切り離せないところではないでしょうか。
本作では、殺された女性はどのような人物だったか、を捜査で掘り下げていくことが、事件解明につながっていくことになります。首を絞められて、首を吊った状態で見つかった女性は、島の名家の子守として雇われていました。その女性は50年代の服装に身を包み、島の男性から注目されている存在でしたが、私生活は謎に包まれていました。
一方で、亡くなった女性が吊るされていた家に現在住んでいるのは、新たに島へ引っ越してきた家族で、地域の「新顔」的な存在でした。家の以前の所有者が首を吊って自殺しており、彼らは誰かから首吊りの絵を送られるという嫌がらせを受けていました。
そんな中で、その家族の一人がペレス警部にその嫌がらせについて相談をします。そのすぐ後に、その人物の自宅の納屋で死体が発見されるわけです。
著者は、登場人物の内面をこれでもかと描いていきます。そして、ある登場人物の「見え方」の印象がどんどん変わっていったり、人物の負の側面や明るい側面がくっきりとした輪郭で見えてきます。
この作品の面白いところは、前述の通りそうした描写が謎解きミステリとしての側面と切り離せないところです。人を掘り下げて書くことが、ミステリとしても掘り下げて書くことになっているのです。
また本作はフーダニットとしても優れていて、誰が犯人かわかったときの衝撃とその動機は胸にくるものがあります。
主人公であるペレス警部は、シリーズ第四作で大きな転換点を迎えるのですが、シリーズ最終作であるこの作品で大きな決断をします。シリーズ読者に受け入れられるか否かは読んだ方次第でしょうが、私は読んで良かったな、と思います。
シリーズ読者にとってもこの作品は感慨深いでしょうし、一方で初めてシリーズを手に取った方でもここから読み始めて大丈夫な作品となっていると思います。
ペレス警部の過去にあったことは書かれていますが、過去作のミステリ的なネタばらしはありません。ただ、ペレス警部に起こったことを知りたくない、という方は一作目の『大鴉の啼く冬』から読まれると良いでしょう。
現代英国謎解きミステリの先端を行く作品に触れる良い機会だと思いますので、ご興味のある方はぜひ手に取られてみてください。
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