EUのMiCA規制~前文及び定義~
お久しぶりです。
昨年、DEVCONに参加し、ヨーロッパの暗号資産の業界団体であるEuropean Crypto Initiative(以下、EUCI)の方とCryptoの規制について議論する機会がありました。
せっかくなので2024年末時点のMarkets in Crypto Assets Regulation(以下、MiCA)についての概要を何回かに分けて説明したいと思います。
本記事は逐条解説を目指すものでもないので、私が気になった条文のみを取り上げたいと思います。
なお、本記事は私の現在又は過去に所属する団体の見解を述べるものではなく、各国の法律の良し悪しについて述べるものでもありません。
また、私はEU加盟国の弁護士資格を有する者ではありません。
概要
MiCAでは、日本の資金決済法でいうところの暗号資産と電子決済手段を規制しています。
MiCAはEU内のCrypto Marketについて規制を行う法律です。
各国法は別途定められる予定であり、MiCAの範囲内で各国異なる規制となることが予想されます。
特徴的な点としては、EU域内の特定の国で当局からcrypto-asset service providerとしての認可を得られた場合、EU全域でcrypto-asset serviceを行うことができる点があります(MiCA 65条1項)。
その他に特徴的な点として、crypto-assetについてホワイトペーパーの作成が義務付けられて点が挙げられます。
MiCAにおけるホワイトペーパーは、日本の金融商品取引法における目論見書のような位置づけかと思われます。
また、日本とは異なり、EUでは暗号資産を決済手段としてではなく、金融商品としてみるようなアプローチをとっていると思われます。
EUCIの方によれば、MiCAはLibraが発表されたことを受けて検討され始めたという経緯があるので、必ずしも現在の潮流をとらえきれておらず、今後もアップデートがあることが想定されるとのことでした。
前文
MiCAですが、前文だけで119も条文があります。
雑則的な規定もあるのですが、適用除外についても規定されているので読み飛ばすにはもったいない内容となっております。
前文7条
本条は、サステナビリティやエネルギーに関する情報の開示をcrypto-assetの発行者及びcrypto-asset service providerに義務付ける規則の制定を示唆しております。
日本の金融商品取引法や資金決済法では気候変動についての規定はなく、はEUらしさを感じるものとなっております。
前文10条 前文11条
本条は、「unique and not fungible」なcrypto-assetはMiCAが適用されないものの、当該「unique and not fungible」なcrypto-assetを断片化したものはMiCAが適用されうることを規定したものです。
何をもって「unique and not fungible」とするのかについても各国にゆだねられるのかと思います。
日本においては2023年3月24日付のパブリックコメントにより、トークンの価格が1000円以上であり、その総数が100万個以下であれば暗号資産に該当しない可能性が高くなります。
前文22条
本条は「fully decentralised」している場合にcrypto-asset services providerのMiCAの適用を除外する規定となっております。
おそらく事業者の皆さんが気になるのが何をもって「fully decentralised」かということですが、この解釈は各国にゆだねられております。
EUCIの方にお聞きしたところ、フランスとデンマークの報告書が現時点で参考になるとのことでした。
フランスとデンマークの報告書ですが、ともにインターフェース、アプリケーション、インフラと3層に分けて議論を行っており、各層で「fully decentralised」が求められる可能性が高いと考えます。
人的資源の限界から、国によってはブロックチェーン技術への理解がない国も存在しうるため、「fully decentralised」であることを当局に示す場合、国によってはコミュニケーションコストが高そうな気がします。
前文26条
本条は、無償で提供されるもしくはValidatorの報酬として付与される特定のcrypto-assetについてMiCAの適用の除外を規定する条文となっております。
日本においても、原則として無償で提供されるトークンは暗号資産に該当しないと整理することが可能です。
ブロックチェーンの維持やコンセンサスメカニズムに関するトランザクションの検証に対する報酬についてMiCAが適用されないことを示した点は興味深いです。
前文27条
本条により、特定のcrypto-assetが加盟国当たり150人未満である場合、適格機関投資家のみに保有される場合又は12か月にわたって対価が1000ユーロを超えない場合、当該特定のcrypto-assetの募集についてもMiCAが適用されません。
この点からも、日本と比べEUはcrypto-assetに対して、決済手段というより、金融商品というアプローチをとっていることがわかります。
前文91条
electronic money token(以下、EMT)の発行者が顧客に提供するEMTを管理するためのツールは、本規則で規定される保管・管理業務を提供する活動と区別できない可能性があります。
そのため、Electronic money institutionは、暗号資産サービスを提供するための本規則に基づく事前の認可なしに、自らが発行したEMTに関してのみ保管サービスを提供することが可能であるべきであると規定しています。
つまり、例えば、USDCの発行体はUSDCのみのカストディを、事前の認可なしでサービスとして提供することができるということになります。
前文94条
本条は、crypto-assetのレンディングがMiCAの適用を受けるべきではなく、国内法にゆだねられることを規定するものです。
EUはcrypto-assetのレンディングを規制しないことを決めたのではなく、規制のためにはさらなる検討が必要であるとして現時点での規制を考えていないという整理を行っているようです。
日本においては、暗号資産のレンディングを行う場合、暗号資産交換業及び集団投資スキーム持分該当性を検討する必要があります。
範囲及び定義
MiCAが適用される範囲については2条、MiCAで使用される用語については3条で規定されています。
各用語の定義が規定されておりますが、実際に各国当局がMiCAを運用するとなると解釈が必要であり、その解釈には各国の政策的な思惑が反映されることが予想されます。
2条2項(a)
日本の資金決済法と異なり、MiCAではグループ会社間での暗号資産や電子決済手段の取引への適用を除外を明文化しております。
日本の資金決済法においては明示的にグループ会社間での取引を除外しておりませんので、「業として」の該当性において検討することが考えられます。
3条1項5号
MiCA3条1項5号では、‘crypto-asset’が定義されております。
直訳すると、‘crypto-asset’とは、分散型台帳技術又は類似の技術を用いて電子的に移転及び保存することが可能な価値又は権利のデジタル表示をいうとなります。
日本の暗号資産の定義と異なり、‘crypto-asset’の定義の中には暗号資産と電子決済手段が含まれることになります。
また、日本では「電子情報処理組織」と抽象的な説明にとどまっているものの、MiCAでは分散型台帳技術に言及しており、特定の技術に言及している点で日本とは異なります。
3条1項6号
MiCA3条1項6号では、‘asset-referenced token’(以下、ART)が定義されております。
直訳すると、‘asset-referenced token’とは、crypto-assetの一種であって、electronic money tokenではなく、1つ以上の法定通貨を含む他の価値若しくは権利又はそれらの組み合わせを参照することにより、安定した価値を維持することを目的とするものをいうとなります。
日本の資金決済法では、ARTは暗号資産に分類されると考えます。
具体的には金連動型のステーブルコインやDAI等のステーブルコインが該当すると思われます。
3条1項7号
MiCA3条1項7号では、‘electronic money token’が定義されております。
直訳すると、‘electronic money token’とは、crypto-assetの一種であって、単一の法定通貨の価値を参照することにより、安定的な価値を維持することを目的としたものをいうとなります。
日本の資金決済法では、EMTは電子決済手段に分類されると考えます。
具体的には、USDC等のステーブルコインが該当すると思われます。
crypto-asset、EMT及びARTの関係を図示すると以下のようになります。
3条1項12号
MiCA3条1項12号では、‘offer to the public’が定義されております。
直訳すると、あらゆる形態及び手段により、申し出の条件及び申し出の対象となるcrypto-assetsに関する十分な情報を提供することにより、潜在的な保有者が当該crypto-assetsを購入するか否かを決定することができるようにするための、個人への伝達をいうとなります。
‘offer to the public’は、日本の金融商品取引法でいうところの(有価証券の)募集(金融商品取引法2条3項)と同様の意味合いと思われます。
3条1項13号
MiCA3条1項13号では、‘offeror’が定義されております。
直訳すると、crypto-assetsの募集を行う自然人、法人、その他の事業者又は発行者をいうとなります。
‘offer to the public’の場合いわゆる募集を指しますが、‘offeror’の場合募集を行う者のみならず、広く発行者も含まれる用語となります。
3条1項15号
MiCA3条1項15号では、‘crypto-asset service provider’が定義されております。
直訳すると、職業的基礎として顧客にcrypto-asset serviceを提供することを職業又は事業とする法人その他の企業であって、第59条の規定に基づきcrypto-asset serviceを提供することが認められているものをいうとなります。
「on a professional basis」について、Law Insiderによれば、 「その経済的利益の目的にかかわらず、見返り又はその他の経済的利益を得る意図をもって、独立的かつ定期的に活動に従事することを意味する。」(注:筆者訳)とのことなので、日本の金融商品取引法や資金決済法における「業として」に対応する部分であると考えられます。
3条1項16号
MiCA3条1項16号では、‘crypto-asset service’が定義されております。
直訳すると、暗号資産に関連する以下のサービス及び活動のいずれかである場合‘crypto-asset service’に該当するとなります。
なお、以下の各行為はMiCA3条1項17号から26号で定義されています。
(a) 顧客に代わって暗号資産の保管・管理を行うこと。
(b) 暗号資産の売買プラットフォームを運営すること。
(c) 暗号資産と資金(紙幣、貨幣、預金通貨又は電子マネーをいう(Directive (EU) 2015/2366)。)との交換を行うこと。
(d) 暗号資産と他の暗号資産との交換を行うこと。
(e) 顧客に代わって暗号資産の注文を執行すること。
(f) 暗号資産の販売を行うこと。
(g) 顧客に代わって暗号資産の注文を受発注すること。
(h) 暗号資産に関する助言を行うこと。
(i) 暗号資産のポートフォリオ管理を行うこと。
(j) 顧客に代わって暗号資産の移転サービスを提供すること。
日本の金融商品取引法や資金決済法では、金融商品取引業、暗号資産交換業や電子決済手段等取引業において、「業として」という要件があります。
もっとも、それらに対応するMiCA3条1項16号では、「業として」のような要件はなく、先述のMiCA3条1項15号において「業として」のような要件が見られます。
このような記載の違いがどのような帰結となるかについては次の記事で書きたいと思います。
総括
だいぶ長くなってしまいましたが、前文、範囲及び定義の気になった部分を取り上げてみました。
前文のうちいくつかは、本文で取り上げられているために今回取り上げませんでした。
次回の記事では、‘crypto-asset’及び‘crypto-asset’に係る条文を開設する予定です。
気になる条文等ございましたらコメントください。