ヤクルト再生工場2024 #1 嘉弥真新也という男
皆さんこんにちは。ちゃそぴです。
今回は絶賛連載中である「限界アイドルオタク社会人、大学生になる。」ではなく、僕の贔屓球団である東京ヤクルトスワローズが戦力外から獲得した選手についての基本情報と、データや選手個々のエピソードにおいて面白い情報を共有していきたいと思います。
その名も、「ヤクルト再生工場2024」。
ここでは戦力外やトレード、現役ドラフトから獲得した選手を主にピックアップし、基本情報から詳細データ、ほっこりするエピソードまで面白く詳しく分かりやすく解説していきます。東京ヤクルトスワローズは1992-93年の連覇を含めて黄金時代を築いた野村監督が「野村再生工場」という、他球団で戦力外になったりトレードの弾となった選手を戦力化したというのは野球ファンでは誰もが知る話。小早川毅彦(元広島)や田畑一也(元ダイエー)と言った選手に目を付け、個人成績をV字回復させつつ見事に優勝・日本一に貢献させた功績は、野村氏の逝去後も野球界における伝説として語り継がれています。今では野村再生工場の内の一人となった高津監督の手により、現役では今野龍太、近藤弘樹(いずれも前楽天)や小澤怜史(前ソフトバンク)が第一線で活躍しています。
今年は昨年の倍以上となる111名(前年55名。育成再契約と外国人助っ人を除く)が戦力外というどの球団も大鉈を振るう形となりました。そんな中で我がヤクルトは2023年11月17日、嘉弥真新也投手(前ソフトバンク)、西川遥輝外野手(前楽天)、増田珠内野手(前ソフトバンク)の獲得を発表しました。今回は長年左キラーとしてソフトバンクのリリーフ陣を支えてきた嘉弥真新也投手について紹介していきたいと思います。なおデータはnf3 - Baseball Data House - を参考にしております。
・嘉弥真新也という男(元ソフトバンク・34歳)
基本情報と実績、役割
2013年、中継ぎをメインに40試合に登板して3勝1敗4ホールド、防御率2.32、WHIP0.99と好成績をマークしたものの、徐々に成績が悪化していき2016年には5試合登板に留まり防御率8.59と不本意な成績に終わりました。この年のキャンプにスリークォーターからサイドスローへ転向すると、翌17年には先発陣の不調もあって登板数が増え、58試合に登板し2勝0敗14ホールド、防御率2.76、WHIP1.29を記録しリーグ優勝に貢献。日本シリーズでも主に左打者を相手に4試合に登板して2ホールド無失点の好投を見せ、日本一にも貢献しました。
17年から22年の6年間で50試合以上、計343試合に登板して181.5イニングを消化し、18年にはリーグ3位となる67試合に登板したタフネス左キラー。不調であった21年(防御率4.71)を除くとこの6年間の平均防御率は2.23と安定しています。また対左の被打率は17年.232(99-23)、18年.181(94-17)、19年.229(87-20)、20年.150(73-11)、21年.188(80-15)、22年.185(81-15)と抜群の安定感を誇っています。特に22年にはチーム最多の58試合に登板し防御率0.99を記録する大活躍となりました。今季こそ防御率5.25、対左の被打率は.323(31-10)と打ち込まれてしまいましたが、嘉弥真投手は隔年活躍の傾向がある可能性があるため勤続疲労がある程度無くなれば十分戦力になり得ます。
役割としては22年まで主に対左や火消し要員として活躍した田口麗斗投手の穴を埋める役割としての活躍に期待できます。今季のヤクルトにおける守護神田口を除く左救援投手の1軍成績内訳は、
であり、成田久保両投手を戦力外とした事で左の救援投手が補強ポイントとなります。今季は山本大貴投手がブレイクを果たし22年ドラフト4位の坂本拓己投手もイースタンで着実に成長していき、ドラフトでは大卒左腕の即戦力である石原勇輝投手を獲得したものの、長年常勝球団のリリーフとして支えてきた実績のある嘉弥真投手の獲得はヤクルトにとってピンズドと言えます。
得意球であるスライダーは今季では被打率.364(33-12)と打ち込まれているのが少し気掛かりですが、リーグが変わり制球力も悪くなく変則左腕という事もあって初見での攻略は至難の業だと推測できます。楽天から巨人に移籍した高梨雄平投手のような活躍に期待しています。
個人的には同じ島育ちで左腕という共通点を持つ坂本投手と嘉弥真投手との絡みを見てみたいです。
※坂本拓己投手は北海道・奥尻島出身です。
離島の弱小高校の控え投手
沖縄・石垣島に生まれた嘉弥真選手は小学4年生から野球を始めました。中学では軟式野球部に所属しています。
石垣島内での高校は3校しかなく、その中には当時春・夏の甲子園に連続出場した実績のある八重山商工高校があるものの、入試に失敗したくない事や野球部に好選手が集まっている噂を聞いた事、嘉弥真投手が一目置いていたチームメイト・長間翔悟さんが進学する事もあって、日本の最西端に位置する八重山農林高校に入学しました。
野球部では3年時に長間さんはエース、嘉弥真選手は控え投手で外野も守っていました。活躍したのは打の方で夏の沖縄大会では4安打を放ちましたが、投の方ではリリーフとして登板したものの敗戦投手となってしまいました。ちなみに長間さんは高校卒業後、地元に残っています。
プロになりたいという考えすら無かった嘉弥真選手はその後、恩師の勧めで社会人野球のクラブチームがある那覇市の不動産会社・ビッグ開発という会社に就職する事になります。
面接時には野心や意気込みというものを感じられなかったものの、打者としてミート力や打撃センスを買われて採用されました。しかし未だここまで投手としての評価や実績はゼロ。しかし後に"鬼軍曹"と呼ばれる同期の存在によって嘉弥真選手は投手として大きく開花していきます。
鬼軍曹との二人三脚
嘉弥真選手は部員数が少ない事もあって投手兼外野手として登録されました。しかし現状投手として突出するような武器はほとんどなく、強いて言うなら「嘉弥真ボール」というチェンジアップ系の複雑な握りのボールを投げていた為「器用な人」という評価でしか無く、その後部員数の増加によりチーム内で5番手格にまで落ちる平凡的な投手扱いでした。そんな彼に転機が訪れたのは、同期入社である宮里伊吹木さんが主将になった事でした。
元々ビッグ開発でのスケジュールは午前のみに練習に行い午後は仕事に取り組んでいたのですが、宮里さんが主将になると県内でも強豪と言われる沖縄電力*1を倒す事を目標にチームを強くしていきたいという想いから、仕事が終わった20時頃に2時間ほど自主練を追加し、走り込みやブルペンを借りて厳しいメニューを課していきました。また宮里さんは食の細かった嘉弥真選手に食トレを命じたり、雨の日の地面が滑る公園でこけながらも走らされたりとかなりハードだった模様。部員達からは批判の声が上がったものの、嘉弥真選手はこの自主練を通じて大きく成長していきました。
元々120km/h台であったストレートを130km/hでコンスタントに投げられるようになり、チームのエース格にまで成長を遂げました。今もなお彼の武器であるスライダーも持ち前の器用さからキレが増していき、入社3年目の2010年5月に行われた都市対抗野球大会の一次予選でライバルである沖縄電力との対戦で先発に抜擢されると、9回2失点の快投で完投勝利を果たしました。この経験が後に名門社会人野球部への移籍に繋がる事となります。
名門JX-ENEOSへの移籍、そしてプロへ
都市対抗から3ヶ月経った2010年8月、嘉弥真選手に吉報が訪れました。名門社会人野球部であるJX-ENEOSから練習参加の要請が来たのです。しかし彼は、
元々嘉弥真選手がマイペースな性格である事は知っていたのですが、流石にこれには宮里さんも唖然。たまらずビッグ開発の監督である下地氏が宮里さんも練習に参加させるよう頼んだ事で事なきを得ました。
しかし安心したのも束の間。8月の灼熱の太陽が差す屋外練習場で、嘉弥真選手はウォーミングアップ開始から1時間も経たぬ内にダウンしてしまいました。その後何とかブルペン投球に漕ぎ着く事ができました。そこでJX-ENEOSのコーチを務める大久保秀昭氏(現在JX-ENEOS監督)がリリースの強さとストレートのキレ、そして手元で曲がるスライダーを評価。これがきっかけで嘉弥真選手はJX-ENEOSの採用が決定しました。
しかし翌年2011年、東日本大震災の影響により本来8月に開幕予定だった都市対抗は秋に延期となります。アピールの場が少ない中で嘉弥真選手は9月14日、強豪東芝戦で先発に抜擢されるとここでも9回1安打完封と大活躍。実戦に強いタイプなのでしょう。これを見た当時ソフトバンクのスカウトを務めていた田口昌徳氏が太鼓判を押し、その後の2011年のドラフト会議では、見事ソフトバンクから5位指名を果たしプロ野球選手になったのでした。
嘉弥真選手は非常にマイペースな性格で飲み込みの早いセンス抜群な選手だと感じました。1年前にカットボールをわずか1週間で習得し直後の広島戦で好投してプロ初勝利を挙げた山下輝投手の事を思い出しました。彼ほど実績豊富な投手であれば、ホークアイによるデータやコーチからの指摘を受けてすぐに軌道修正をする事ができるでしょう。
また嘉弥真選手には親戚が100人以上いる事で有名です。嶺井一族ならぬ嘉弥真一族。彼らが今度は神宮のスタンドを埋めてくれる事間違い無いでしょう。
そんなリリーフ向けの強メンタルを持つ嘉弥真新也選手。彼の今後の活躍に期待です!
長くなりましたが、ここまでお読みくださりありがとうございました!
*1 沖縄電力:沖縄県浦添市に拠点を置く電力会社。硬式野球部は都市対抗野球部・社会人野球日本選手権大会ともに4回出場した実績がある。
出典
・月収14万円の社会人チーム5番手から1億円選手へ。ソフトバンク嘉弥真新也が歩んだ大出世の道 - Webスポルティーバ(2021年06月09日)
・ソフトバンクからの5位指名に嘉弥真新也は「なんで?」。自分のことより先輩投手のドラフト漏れに驚いた - Webスポルティーバ(2021年06月09日)