連載小説|恋するシカク 第10話『資格』
作:元樹伸
本作の第1話はこちらです
↓↓↓↓↓↓
第10話 資格
数日後、脚本について相談がしたくて、昼休みに安西さんと美術室で落ち合った。
「脚本ができたんですか?」
約束の時間通りにやって来た安西さんが、先に来ていた僕に期待の眼差しをむけた。
「じつはまだ途中なんだけど、安西さんに確認したいことがあったんだ」
タブレットに書きかけの原稿を表示して安西さんに見せた。画面を覗き込むお互いの顔が近づいて、彼女の黒髪からふわりと良い香りがした。僕はすぐ近くに安西さんの温度を感じながら、この時間がずっと続けばいいのにと思っていた。
「ホラー映画なんですね」
少し読んだだけで理解できたのか、安西さんがタブレットを見つめたまま言った。
「こういうの、ジャンル的に大丈夫かな?」
もし苦手なら書き直すつもりだったので、先に知っておきたかった。
「怖い映画は好きですよ」
「そっか、よかった……」
ほっとした時、うしろで戸が開いた。振りむくとランチボックスを手にした手嶋さんが立っていた。お昼を食べにわざわざここまで来たのだろうか。しかし今日は体育祭の時みたいに友だちは一緒じゃなかった。手嶋さんは寄り添って立っている僕たちを前に、その場から動こうとしなかった。
「手嶋さん、今からお昼?」
安西さんに聞かれて手嶋さんの手元がピクリと反応した。
「あ、うん……」
「じゃあ一緒に食べようよ。私もお弁当持ってくるから」
「でもトン先輩は?」
手嶋さんが遠慮がちにこちらを見た。
「河野先輩、続きは手嶋さんが一緒でもいいですよね?」
「も、もちろん」
僕はすぐに愛想よく頷いた。これで二人きりの時間は終了してしまったけど、ここで手嶋さんを追い返したいと思うほど、僕の神経は図太くできていなかった。
「じつは最近、付き合ってる人と喧嘩しちゃったんです」
三人でお弁当を食べていると、安西さんがさらりと彼氏の存在を口にした。無論、喧嘩の相手は林原だろう。
「その人、すぐにお姉ちゃんと私を比較するから頭にきてしてまって。でもそんな時に先輩が声をかけてくれたので、暫くは彼のことを考えずに楽しく過ごせそうです」
「へぇ、安西さんって彼氏がいたんだ」
笑顔で答えて相槌を打ってみせたけど、心は大きく波立っていた。安西さんと林原の関係は薄々気づいていながら、気持ちのどこかでは勘違いであって欲しいと願っている自分がいた。だけどこんな風に明言されてしまった以上、もはや望みは残されていなかった。
「じゃあ先輩、脚本頑張ってくださいね」
安西さんが去って、手嶋さんも食べかけのお弁当に蓋をして席を立った。
「手嶋さん、大丈夫?」
食事中ずっと無言だったので心配になって聞いた。すると彼女はお弁当箱を見つめたまま言った。
「先輩が好きです。だから私と……付き合ってもらえませんか?」
彼女の二度目の告白。こうなった以上、答えを出すしかないと思った。
きっと彼女のような素敵な子に告白されるなんて、これが最初で最後だろう。それに安西さんには林原という恋人がいる。だったらさっさと諦めて手嶋さんを選べばいいのかもしれない。
だけど、そんな考え方は不誠実だと思った。もしこのまま付き合い始めたとしても、僕の中途半端な気持ちを知れば、手嶋さんはひどく傷つくだろう。だから今も安西さんに心残りがある以上、僕が他の人と付き合う資格なんてどこにもないのだ。
「ごめん」
そう答えた瞬間、彼女の肩がビクッと大きく震えたのがわかった。僕は堪らない気持ちになって、目を瞑ったまま頭を下げた。
「謝らないでください。でも……理由を聞いてもいいですか?」
「それは……」
事実を話そうとしたその時、手嶋さんがクルッと背中を向けた。
「やっぱりいいです。じゃあ失礼します!」
手嶋さんが逃げるようにして去った後も、砂漠にいるような乾いた気持ちで立ち尽くしていた。
やがて昼休みの終了を告げるチャイムが始まり、うなだれた僕の右耳の奥で不協和音が鳴り響いた。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?