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連載小説|恋するシカク 第5話『孤独なアンカー』

作:元樹伸


本作の第1話はこちらです
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第5話 孤独なアンカー


 きっとうちのクラスは、最下位のままだろう。そんな僕の甘い考えをあざ笑うかのごとく、クラス対抗リレーは予想外の展開を迎えていた。

 ズルでアンカーを逃れた山本が本番で急にやる気を見せて、陸上部のプライドも手伝ってか、自分の番になってゴボウ抜きを始めたのである。

 おかげで最初はビリだったウチのクラスは二位まで巻き返し、応援席が盛り上がって二組コールが鳴り響いた。

 そのままアンカーの番が回ってきてスタートラインに並ぶ。僕の両サイドにいる敵は、各クラスのトップアスリートに違いなかった。

 ザザッ、ザザッ。

 プレッシャーで耳鳴りが大きくなった。もう歓声も聞こえない。二位で走ってきたメンバーがバトンを渡そうと手を伸ばした。ところが僕は取り損なって、バトンを地面に落としてしまった。

「くそっ!」

 すぐに拾って走り出したけど、順位は三位に転落した。うしろの選手との差も縮まっている。ゴールまではあと五十メートル。ろくに練習をしてこなかったので、もう息があがっていた。完全にスタミナ不足で最後まで走りきれるか不安になった。しかし前方を見ると、二位の走者とも距離が縮んでいることに気づいた。

 大丈夫、僕はまだアンカーとして機能している。

 そう言い聞かせて自分に鞭を入れ、そのままゴールを駆け抜けて、ウチのクラスは三位のまま逃げきった。

 午前の部が終わり、生徒はお昼を食べるために教室や家族の元に移動していた。ところが僕は普段の運動不足が祟ってゴール後にダウン。なんとか自力で木陰に移動して大の字になると、いつ回復するかわからない呼吸の乱れを整えていた。

 視線の先では、大活躍だった山本が女子に囲まれている姿が見えた。だけど自分の元には誰ひとりとして来やしない。バトンを落としたのだから当たり前か。虚しさがこみ上げてきて、僕は現実逃避をするように目を閉じた。

「トン先輩、大丈夫ですか?」

 ハッとして目を開けると、手嶋さんがこちらを覗きこんでいるのが見えた。

「手嶋さん……?」

 一瞬夢かと思って目をこすったけど、やはり彼女は目の前にいた。

「先輩、お昼ご飯まだですよね。このまま午後に突入したら死にますよ?」

 手嶋さんはそう言って可愛らしい弁当箱を僕に差し出した。起き上がって箱の中を見ると、色とりどりの具材が詰まったサンドイッチが入っていた。

「よかったら、これ食べて生き残ってください」

「でも手嶋さんのお弁当だろ?」

「私はあの子たちに貰えるから大丈夫です」

 芝生の上でお弁当を食べている女子たちがこちらを見ていた。手嶋さんが手を振ると二人とも振り返した。

「いや、でも悪いよ」

「遠慮しないでください。それより先輩って足がはやいんですね」

「見事にバトンを落としたけどね」

「あの時は別チームなのに、応援席で悲鳴上げちゃいましたよ。私メチャダサかったです」

 自分の味方がいたことを知って、僕は心から嬉しかった。そしてわざわざこんなところまで来てくれた手嶋さんが、天から舞い降りた女神さまのように眩しく輝いて見えた。


つづく

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