掌編小説|『シャンゼとリミと弓使い』
作:元樹伸
ある大きな森の中に、とてもちいさな村がありました。
村にはリミという心のやさしい娘が住んでいて、彼女は木こりのお父さんといっしょに、毎日森へと出かけました。
リミは小川の岸辺に腰かけて歌を唄い、お父さんを応援するのが日課になっていたのです。
森にはいろいろな動物や木々、そして妖精が住んでいて、村の人たちにたくさんのめぐみを与えてくれました。
風の妖精シャンゼも、この森で生まれました。
シャンゼという名前は、森の神様が祝福とともに贈ってくれました。
シャンゼは、東の山からお日様が顔を出すと誰よりも早く起き出して、ニワトリたちに朝がきたことを知らせます。
それから村の病魔を追い払ったり、季節の鳥を正しい道へと導きました。
シャンゼは天使のような歌声のリミが大好きでした。
だから毎日、リミに会いに行きました。
岸辺でリミが唄うと、魚たちがそのリズムに合わせて跳ね、木々が枝をサワサワと揺らしました。
シャンゼも彼女の歌が大好きで、背中の羽根をパタパタさせました。
シャンゼはこうしてリミと一緒に居られることが幸せでしたが、少しだけ残念なこともありました。なぜって、リミには妖精の姿が見えなかったからです。
森の木々たちの声が聞こえないように、シャンゼの声もリミには届きませんでした。
「リミにぼくの声が聞こえれば、もっと役に立てるのに」
シャンゼはそう思いながら、いつもリミに心地よい風を届け、
『リリンッ』
と鈴の花を鳴らして、彼女の唄にメロディーをそえました。
リミはお父さんから、
「森には妖精がいて、私たちを見守ってくれているんだよ」
と聞いていたので、涼やかな風が吹くときは、風の妖精がそばにいると信じていました。でもシャンゼは、そのことを知らなかったのです。
あるとき、リミに新しい友達ができました。弓使いの少年で、名前をフォルテといいます。リミとフォルテはすぐ仲良しになり、いつも一緒に過ごすようになりました。
そんなふたりをずっと見ていたシャンゼは、だんだんさみしい気持ちになってきました。
「リミにはフォルテがいる、もうぼくは必要ないんだ」
最近は、彼女の歌も減ったように思えます。
「そんなことはない、これまでのように彼女を見守ってあげなさい」
森の神さまは言いましたが、シャンゼの気持ちは晴れないままでした。
その日はめずらしく、リミはひとりで森へと出かけていきました。
森には悪いオオカミがいるので、シャンゼは心配になってあとを追いました。すると心配したとおり、森の奥に潜んでいたオオカミがすがたを現したのです。
でも、お花つみに夢中のリミはそのことに気づいていません。
「リミ、オオカミだ、にげてっ!」
シャンゼは力のかぎり叫びましたが、リミには聞こえません。
気づいてほしくて強い風でリミの身体をゆらしても、
「今日の風は、少しいじわるね」
とシャンゼの気持ちは伝わりません。
「ぼくは彼女の役に立てないんだ」
シャンゼがそう思ったとき、ヒュッと風を切る音がしました。
見ると谷をはさんだ崖の向こうに、弓に矢をつがえたフォルテの姿がありました。
フォルテはリミに向かって叫んでいましたが、リミには聞こえていないようでした。だけど崖のせいで、これ以上近づくこともできません。
ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!
フォルテはまた続けて矢を放ちましたが、オオカミには届きませんでした。
今の彼の力では、これ以上は遠くに矢を飛ばせないのです。
でもオオカミがリミにおそいかかろうとしたとき、シャンゼに考えがうかびました。
そして彼はフォルテのうしろからオオカミに向かって、今年いちばんの強い風を起こしたのです。
それはフォルテにとって奇跡の追い風でした。
「フォルテ、今だ、矢を放って!」
するとフォルテが放った矢はシャンゼの風でグンと勢いがつき、オオカミに命中したのです。
オオカミから救われたリミは、フォルテに抱きついて泣きながら感謝しました。
「突風が吹いたんだ、風に救われたんだよ」
フォルテは、リミに優しく語りかけました。
「彼が助けてくれたのね。いつも、わたしたちを見守ってくれているの」
シャンゼは、リミの言葉をすぐそばで聞いていました。
「妖精さん、ありがとう。また小川のほとりでわたしと一緒に唄ってね」
姿が見えなくても、声がなくても、リミはシャンゼをいつもそばに感じていたのです。
『リリンッ』
気をよくしたシャンゼは、近くにあった鈴の花を風で鳴らして、
「うん」
と心からの返事をしました。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。