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相続した暗号資産(仮想通貨)に対する相続税・所得税「110%課税問題」の法的根拠を解説

2024年12月18日の日経新聞の記事「ビットコイン「税率100%超」も 相続・売却に注意」にて、暗号資産の110%課税問題が取り上げられました。

110%課税問題とは、わかりやすい例でいうと、個人が多額の含み益(値上がり益・評価益)のある暗号資産を相続し、その直後に売却すると、①相続時に暗号資産の時価に対して55%税率で相続税課税され、②売却時に上記①とほぼ同額の売却益に対して55%税率で所得税課税されるといったケースが起こりうることを指しています。

暗号資産の価格ボラティリティを考慮すると、実際に起こりうる問題と考えます。この点だけを見れば、他の資産を相続した場合には起きにくい事態です。

このような事態が発生する法的な原因の1つは、相続人が「被相続人の暗号資産の取得価額を引き継ぐ」という効果を有する規定が発動することにあります。ただし、相続人において、被相続人の暗号資産の取得価額を引き継ぐことの法的根拠は非常にわかりにくいものとなっています。

そこで、この記事ではその法的根拠について検討してみます。でも、やはりわかりにくいかもです💦


暗号資産に対する110%課税のケース


上記の日経新聞の記事では、次のように、仮想通貨の価格が大幅に高騰した場合、相続と売却を組み合わせると、相続した人が課される税率が100%を超える可能性があることを指摘しています。


計算例

  1. 被相続人の購入時(2014年12月)

    • ビットコイン100BTCを約460万円で購入。

  2. 子による相続時(2024年12月4日)

    • 時価:約14億3700万円。

    • 相続税率:最高55% → 相続税は約7億9000万円

  3. 子による売却(上記相続時の価格で)

    • 売却価格:約14億3700万円。

    • 取得価格:約460万円とみなされる。

    • 売却益:約14億3200万円。

    • 所得税・住民税の合計税率:55% → 税額は約7億9000万円

  4. 合計税額

    • 相続税7億9000万円 + 所得税・住民税7億9000万円 = 約14億8000万円

    • 結果:課税額が相続した仮想通貨の価値を超える



ここでのポイントは、「3.子による売却」時における売却益を計算する際に、「売却価格約14億3700万円」から控除する取得価額が、相続時の時価(相続財産であるビットコインの課税価格)である「約14億3700万円」ではなく、被相続人のビットコイン購入価格である「約460万円」とされている点です。

つまり、相続した暗号資産を、相続人が相続後に売却する場合に計算の基礎となるその暗号資産の取得価額は、被相続人による取得価額になっているということです。

資産を手放した側(ここでは被相続人)では、手放した時点において、その時点の暗号資産の含み損益を課税の対象に含められない一方、資産を譲り受けた側(ここでは相続人)は、あたかもその代わりとして、(被相続人の取得価額を引き継ぐことにより)上記暗号資産の含み損益を引き継ぎ、後に売却した際に、その含み損益が実現して課税の対象になるというイメージです。


110%課税の法的根拠


上記の110%課税、特に相続人において、被相続人の暗号資産の取得価額を引き継ぐことの法的根拠はどこにあるのでしょうか。

この点について、拙著『NFT・暗号資産の税務〔第2版〕』109頁では、次のとおり説明しました。

Column 相続等により取得した暗号資産は被相続人の取得価額を引き継ぐ?

「質疑19 暗号資産の取得価額」の③では、「相続人に対する死因贈与、相続、包括遺贈又は相続人に対する特定遺贈により取得した場合」には「被相続人の死亡の時に、その被相続人が暗号資産について選択していた方法により評価した金額(被相続人が死亡時に保有する暗号資産の評価額)」が暗号資産の取得価額となると説明しました。

その根拠となる政令(所令119の6②一)は、「被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」をもって取得価額とする旨を定めており、所得税法60条1項や67条の4という直前の所有主の取得価額を後の所有主が引き継ぐという引継ぎの本家ともいえる規定とは記載振りが異なります。

そして、「質疑19 暗号資産の取得価額」の③のケースについて、国税庁のFAQは、他の方法による取得の場合と異なり、相続時の「価額(時価)」で評価するとは説明していないものの、「被相続人が死亡時に保有する暗号資産の評価額」という表現を用いており、やや微妙な表現となっていますが、現在のところ、被相続人の取得価額を引き継ぐような効果を有する規定であると理解されています。このような理解に基づくと非常に酷な課税が想定されます。(「事例18 暗号資産の取得価額(相続人に対する死因贈与、相続、包括遺贈又は相続人に対する特定遺贈により取得したケース)」参照)。

この政令については、適用違憲の問題や、所得税法の根拠を同法48条の2第2項に求めるならば、委任の趣旨の範囲内に収まる政令であるのかといった問題も議論の対象となります。


上記の説明でも触れていますが、相続した暗号資産の取得価額について、国税庁の「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和6年12月版)は、次のとおり、説明しています。

相続人に対する死因贈与、相続、包括遺贈又は相続人に対する特定遺贈により取得した場合の取得価額:

被相続人の死亡の時に、その被相続人が暗号資産について選択していた方法により評価した金額(被相続人が死亡時に保有する暗号資産の評価額)

国税庁暗号資産FAQ「1-5 暗号資産の取得価額」

上記の説明の根拠となる法令は次のとおりです。

所得税法施行令119の6(暗号資産の取得価額)

第1項:
第119条の2第1項(暗号資産の評価の方法)の規定による暗号資産の評価額の計算の基礎となる暗号資産の取得価額は、別段の定めがあるものを除き、次の各号に掲げる暗号資産の区分に応じ当該各号に定める金額とする。
1号 購入した暗号資産 その購入の代価(購入手数料その他その暗号資産の購入のために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)
2号 自己が発行することにより取得した暗号資産 その発行のために要した費用の額
3号 前2号に掲げる暗号資産以外の暗号資産 その取得の時におけるその暗号資産の取得のために通常要する価額

第2項:
次の各号に掲げる暗号資産の前項に規定する取得価額は、当該各号に定める金額とする。
1号 贈与、相続又は遺贈により取得した暗号資産(法第40条第1項第1号(棚卸資産の贈与等の場合の総収入金額算入)に掲げる贈与又は遺贈により取得したものを除く。)
被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額
2号 法第40条第1項第2号に掲げる譲渡により取得した暗号資産
当該譲渡の対価の額と同号に定める金額との合計額

つまり、個人が、相続により取得した暗号資産を譲渡した場合には、「被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」が取得価額となるということです。

これに対して、上記所得税法施行令119の6第2項1号は、「被相続人の死亡時において・・・評価した金額」とあるため、相続人は、被相続人の取得価額を引き継ぐのではなく、相続時に時価評価した金額が相続人の取得価額となるのではないかと疑問に思われる方もいるかもしれません。

しかし、上記拙著では、この規定について、「現在のところ、被相続人の取得価額を引き継ぐような効果を有する規定であると理解されています」と述べています。暗号資産税制が整備された令和元年度税制改正について色々調べている限り、立案担当者も同様の理解に基づいて条文を作成したものと考えられます。

立案担当者が具体的にどのような法令解釈を行っていたかはわかりませんが、ここで問題となっている「評価した金額」は、相続時の時価で評価した金額ではなく(「相続時の価額により評価した金額」とは定められていません。)、「当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により」評価した金額です。

ここでの「評価」とは、上記規定の1項にあるとおり、「第119条の2第1項(暗号資産の評価の方法)の規定による暗号資産の評価額の計算の基礎となる暗号資産の取得価額」の文脈なのですから、「総平均法」又は「移動平均法」による評価です(要は、「(①期首暗号資産棚卸高+②期中暗号資産仕入)-③期末暗号資産棚卸高=④期中暗号資産譲渡原価」の中の③の文脈です。)。

所得税法施行令119の2第1項(暗号資産の評価の方法)

 法第48条の2第1項(暗号資産の譲渡原価等の計算及びその評価の方法)の規定によるその年12月31日(同項の居住者が年の中途において死亡し、又は出国をした場合には、その死亡又は出国の時。第2号において同じ。)において有する同項に規定する暗号資産(以下この項において「期末暗号資産」という。)の評価額の計算上選定をすることができる評価の方法は、期末暗号資産につき次に掲げる方法のうちいずれかの方法によつてその取得価額を算出し、その算出した取得価額をもつて当該期末暗号資産の評価額とする方法とする。
1号 総平均法〔省略〕
2号 移動平均法〔省略〕
〔省略〕

被相続人の死亡時に、総平均法又は移動平均法により相続財産である暗号資産を評価して取得価額を算出するのですから、結局、相続人は被相続人の暗号資産の取得価額を引き継ぐと表現されることになるのですね。

ここでの「評価」を法人税の期末時価評価課税にいう「評価」と混同してはいけないことに注意が必要です。この点について、拙著『NFT・暗号資産の税務〔第2版〕』107頁では、次のとおり説明しました。

Column 暗号資産の「評価」の意義と居住者が年の中途で死亡又は出国した場合の取扱い

暗号資産を譲渡した場合の計算に関する規定の説明の中で、「評価」という用語が出てきました。その用語法について、注意すべきことがあります。ここでいう暗号資産の「評価」とは、法人税の説明で出てくるような期末に有する暗号資産を「時価で評価」するというものではありません。法令上、同じ「評価」という言葉が使われていますが、ここでの「評価」は、居住者の事業所得の金額又は雑所得の金額の計算上、必要経費に算入する金額を算定する場合におけるその算定の基礎となるその年末において有する暗号資産(期末暗号資産)の価額を、総平均法又は移動平均法という評価方法により「評価」することを意味しています(所法48の2)。

いわば、取引等によって暗号資産を取得した際の取得価額をベースとして、上記いずれかの評価方法により、年末に有する暗号資産の取得価額を算出し、その算出した取得価額をもってその年末時点での1単位当たりの暗号資産の取得価額(評価額)とするものであり、このことをもって所得税法は「評価」と呼んでいるのです。この意味での所得税法における暗号資産の「評価」と法人税法における期末保有暗号資産の時価「評価」を混同しないようにしましょう(ただし、法人税の文脈においても、便宜上、移動平均法を法定「評価」方法と表現する場合があります)。

また、この場合の年末とは12月31日のことですが、居住者が年の中途において死亡し、又は出国をした場合には、その死亡又は出国の時となります。移動平均法で出てくる12月31日についても同様です(所法47①、48の2、所令119の2①)。

実はもともと、棚卸資産や事業所得の基因となる有価証券について、いわゆる死因贈与、相続又は包括遺贈及び相続人に対する特定遺贈により取得したものの取得価額は、被相続人の死亡の時において、その者がその棚卸資産や有価証券につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額によることとされています(所令103②ー、109②一)。
これは、相続等によって取得した棚卸資産や有価証券については、被相続人の評価額をそのまま引き継ぐこととするものであると解されています。

そして、上記の贈与、相続又は遺贈により取得した暗号資産の取得価額を「被相続人の死亡の時において、当該被相続人がその暗号資産につきよるべきものとされていた評価の方法により評価した金額」とする規定も、上記の棚卸資産や有価証券の規定とほぼ同じ文言が使用されています。


最後に

実際に上記のような110%課税が起きた場合に、「暗号資産の利益に対して、所得税と相続税を二重で課税しているから違法」というような主張が裁判で支持される可能性は低いものの、少なくとも「100%を超えるような課税は違憲」であるという主張が採用される可能性はあると考えています。

この問題については、JVCEA=JBCA「税制改正要望」で早くから取り上げてきましたが、形式的には暗号資産に限定されず他の資産にも起こりうる問題であり色々と整理する必要があるから、関連する税制改正を実現するには色々なハードルがありそうです。実際に110%課税を受けた事例がいくつかあがってくると、風向きも変わるかもしれません。



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