映画技法講座9「POV」2/2
今回は、前回に引き続きPOVショットについて、さらに詳しく考察していきたいと思います。
POA(Point Of Audition/point d'écoute)
視点(Point Of View)があるのなら、聴取点(Point Of Audition)もあるでしょう。まずはPOVショット、主観ショットにおける主観的な聴取点、つまり、視点と聴取点が一致している、いわば完璧な主観ショットの例から見ていきましょう。
『バベル』(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ)
聾の千恵子(菊地凛子)がクラブに入るシーンですが、彼女のPOVショットになった瞬間、音がなくなります。客観ショットに繋がれると、再び音楽が聞こえます。彼女のPOV/POAショットです。
さらに過激な例を見てみましょう。
『テシス 次に私が殺される』(アレハンドロ・アメナーバル)
アンヘラ (アナ・トレント)のPOVショットには、彼女がヘッドフォンで聴くクラシック音楽が流れ、チェマ(フェレ・マルティネス)のPOVショットには、彼がヘッドフォンで聴いているロックが流れます。なんと、アンヘラのPOV/POAショットとチェマのPOV/POAショットが切り返されるのです。もちろん客観ショットでの音楽は、ヘッドフォンからの音漏れ程度にしか聞こえません。
A different kind of reality
主観ショットなのだから、画も音も主観的なのは当たり前だと思われるでしょうか。
『ラ・ブーム』(クロード・ピノトー)の有名なシーンと、それにオマージュを捧げた『サニー 永遠の仲間たち』(カン・ヒョンチョル)の当該シーンを続けて見てみましょう。
客観ショットに、彼女たちのPOA、主観の音(リチャード・サンダーソンの『Reality』)が流れます。つまりここでは、客観の画に、主観の音がのっているのです。これが映画の「Reality」で、主観と客観は決してクリアカットに分離することはありません。
他の例も見てみましょう。
『プライベート・ライアン』(スティーヴン・スピルバーグ)
もうお分かりかと思いますが、POVショットだけに主観的な音がつく『バベル』や『テシス』の方が珍しく、主観的な音は、まず主体の客観ショット(つまり、主体のショット)につくのが普通です。例えば、もっとも主観的な音、心の声、モノローグが、どんな画にのっていたか思い出してみてください。
それゆえ、視点の問題と同様、聴取点の問題も単に位置付けだけの問題ではなく、「誰が聴くか」という問題でもある。〔......〕「電話の声」が聞こえるか聞こえないかによって、われわれは、こちらで電話を受けている者と聴取点をともにしているか、反対に、その会話に関して第三者的立場に後退しているかが決まる。
ミシェル・シオン『映画にとって音とは何か』
普段は物語理解に都合のいい「程良い距離」に位置する客観的な聴取点も、「誰が聴くか」と選択、限定されることによって、主観的な聴取点になりえます。
○画(主観)= 音(主観) 『バベル』『テシス』
○画(客観)≠ 音(主観) 『ラ・ブーム』『サニー 』『プライベート・ライアン』「電話の声」が聞こえる
○画(客観)≒ 音(客観) 「電話の声」が聞こえない
結局、何が言いたいかというと、とりあえずPOVショットが主観表現だということになっていますが、映画において、主観と客観というのは極めて曖昧だということです。
自由間接話法
主観と客観の分離が曖昧なのは、視点と聴取点が整合していないからであって、画だけをみれば、主客分離されているのではないか、という人もいるかもしれません。
『ブラインドネス』(フェルナンド・メイレレス)
視界が白い光で溢れたようになり、突然目が見えなくなった日本人男性(伊勢谷友介)の描写が上の画像です。彼を客観的にとらえたショットが、次第にボケていきます。
視界がボケていくのが、失明していく彼の主観表現であれば、彼の客観ショットではなく、彼のPOVショットがボケていくべきではないでしょうか。前回紹介した『フェリスはある朝突然に』(ジョン・ヒューズ)では、主人公、フェリスの寝惚け眼の主観表現として、彼のPOVショットがボケていました。
しかし、『ブラインドネス』の描写に、戸惑う観客はいないでしょう。
これをパゾリーニに倣って自由間接話法とします。すると、カギカッコで括られた発話を表す主観的な直接話法は、POVショット、地の文に相当する間接話法は、客観ショットとなります。
自由間接話法とは、発話が直接話法のようにカギカッコで括られず、地の文に流し込まれたようなもので、登場人物の発話が、あたかも語り手の発話であるかのように現れるもののことを言います。
『フェリスはある朝突然に』ではPOVショットによってなされた「見えない」という主観描写が、POVショットというカギカッコなしの見えないという客観描写に流し込まれたのが、『ブラインドネス』の自由間接話法描写と言えるでしょう。
Cool Guys Don't Look At Explosions
2009年のMTVムービー・アワード授賞式で上映されたMVで、「ヒーローは爆破シーンで振り返らない」というハリウッド映画のクリシェを歌っているものです。映画好きなら大笑いできるMVですが、少し真面目に考えてみましょう。なぜヒーローは、振り返らないのでしょうか。
ヒーローの代わりに観客が見ているからとしか言いようがありません。ヒーローに感情移入している観客は、ヒーローと視点を共有しているので、もはや、POVショットを必要としません。
では、そのような感情移入はどのようにしてなされるのでしょうか。全2回で見てきたように、POVショットは、観客に感情移入を促す有効な手段ではありますが、それだけでは足りません。次回は、POVショットを補うもう一つの手段についてお話ししたいと思います。